2009年06月14日

◆水面に浮いた蛸(たこ)

渡邊好造

友人に無類の動物好きがいて、生きているものなら犬、猫は無論のこと、蛇でも虫でもなんでもOKである。

近くの海辺で、"蛸"を捕まえてきて金魚用の水槽で飼うことになった。8本足のクネクネとしたあの軟体動物である。エサもよく食べるし、狭い水槽も気にならない様子。

1匹では淋しかろうと、もう1匹捕まえてきて同じ水槽に入れたところ、2匹目の"蛸"は底に沈まず水面にポッカリ浮いたままになった。

無理やり押さえつけて沈めても浮いてくる。与えるエサはほとんど沈んでしまい底の"蛸"が平らげてしまうので、水面に浮かぶエサをやることにしたら上下の"蛸"とも見向きもしない。"蛸"は、水面に浮かぶエサを食べないのである。

2匹目の"蛸"は病気かもしれないと思いながら、飼い続けているうちに衰弱して死んでしまった。

さらにもう1匹捕まえてきて水槽にいれると、今度の"蛸"もやはり水面から沈まない。理由が分らないまま、海水が汚れたので入れ替えることにした。その際無意識に、浮いていた方の2匹目の"蛸"を先に水槽にいれ、底にいた方を後にするとこれまでとは上下逆になってしまった。

そこでハタと気がつき、2匹の"蛸"を同時にいれると2匹とも無事底に到着した。先に底に到着した方は全てを縄張りにし、2匹同時に底に着けば狭い場所でも2分し共存することになるのだ。

人間の世界でも水槽の"蛸"と同じようなことがあるのではないか。

筆者は、40余年のサラリーマン生活で2度水面に浮いた"蛸"を経験した。 18年間勤務した広告代理店から大手消費者金融会社に転職した時が1回目。

当時(昭和53年=1978年)の消費者金融業界のイメージは良いとはいえず、転職の誘いに乗る気は全くなかったが、相談相手の公認会計士の人が言うには「問題点も多いが、これから発展し儲かる業種だ。イメージやプライドは忘れてノウハウを会得するチャンス。新会社設立資金は出すから5年先を目指せ」とのことで決意した。

ところが、筆者への期待感よりも生え抜き社員からの疎外感・排除感は想像以上で、定着するまで時間を要した。同時に入社した4人のうち他の3人は1年ももたず退職した位である。

結果的にはこの時がまさに水面に浮いた"蛸"であった。おまけに、資金を出すと言っていた相談相手は事故で4年後に亡くなった。

転職当時、"○友銀行の○ISAカード"の担当者が入会を盛んに勧誘するので、口座を開き申込書を送った。数日して封書で送られてきたのは「今回はカード発行を見合わせさせていただきます」であった。

担当者によると断り理由は消費者金融の業種。相談相手にこのことを話すと「ノウハウは知られていない。やはり金融は間違いなく儲かる」であった。今思えば、楽天の野村監督ではないがこのカード会社は「バッカじゃなかろか!」である。

その後、金利計算や貸付・回収のノウハウを覚え、目新しい業種で注目されていたこともあり、講演、原稿依頼が続くなどのプラス面も多かった。業界は順風満帆、株式上場する会社も続出し、イメージも急上昇した。

しかし、いいことばかりは続かない。平成4年(1992年)のバブル崩壊の余波もあり、会社は株投資で莫大な損金を出し、潰れはしなかったが銀行管理である。

その跡始末の一環として、平成6年(1994年)子会社の再建か整理かの見極め業務のため社長として東京へ単身赴任することになった。これが2度目の水面に浮いた"蛸"の経験である。

その子会社は、スイスの持株会社から昭和56年(1978年)に買収した結婚情報サービス会社で、これまで親会社から役員を派遣してきたが赤字解消はならなかった。

赴任当時、「今度の新社長も1年以内に親会社に追い返してやる」というのが、改革を良しとしない役員以下ほとんどの社員の合言葉だったらしい。知らぬは水面に浮いた"蛸"社長のみである。

結局、黒字転換にはかなりの投資が必要で、整理解散がベターとなった。新宿50階建ビルの眺めのいい29階の社長室で過すこと3年、業務は無事終了した。

親会社は、平成10年(1998年)に管理銀行からアメリカ資本の会社に営業権が譲渡され、英語が飛び交う新会社となる。莫大な負債は旧会社がきれいに整理し、アメリカ資本となった新会社は平成20年(2008年)に日本の銀行にさらに転売され、現在も営業を続けている。

筆者は、いくつもの危機をうまく乗切りタイミングよくリタイヤできたが、もう少し若ければ英会話は全く駄目だし、3度目の水面に浮いた"蛸"になっていたかもしれない。

なお、 消費者金融業界は、貸付金利規制(上限20%)、貸付総量規制(一個人年収の3分の1以下)、業者の財産的基礎要件規制(5千万円以上)など、改正貸金業法による厳しい規制が平成22年(2010年)6月完全施行されるため、業者の9割が消滅かといわれている。

顧客にとっても借り先、借入金額が少なくなり、その分ヤミ金のはびこる可能性も否定できない。この業界はまさに水面に浮いた"蛸"である。(完)


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