2009年07月02日
◆「水際作戦」に傾倒した理由
石岡荘十
新型インフルエンザ襲来に、まず政府がとった対応策は水際作戦だった。なぜか。
かねてから、新型インフルエンザには潜伏期間があって、帰国したときにはまだ症状が出ていない人が多いはずなのに、なぜあんなに水際作戦オンリーの対策にこだわったのか不思議に思っていたが、その謎が解けた。理由は
「国として何もしないわけにはいかないでしょう」だった。尾身茂・新型インフルエンザ対策政府専門家諮問委員会委員長(自治医大教授、もとWHO西太平洋事務局長)にじかに話を聞く機会があって、筆者の質問に彼はそう答えた。
新型インフルエンザを迎え撃つ行動計画(ガイドライン)は2月、すでに出来ていたのだが、いざそれが現実となると、「さてどうするか、とりあえず検疫だ」と迷いながら行動を開始したと受け取れるのである。
「検疫」とは、具体的には「水際作戦」のことで、検疫法に基づいて、厚労省が行う行政行為である。
目的は、検疫法の第一条に「国内に常在しない感染症の病原体が船舶又は航空機を介して国内に進入することと防止する」と明記されている。公衆衛生や感染症の専門家としては、この検疫法をまず思い浮かべたに違いない。
この法律は昭和26年に制定され、平成18年に改正されているが、その原型は戦前に遡り、「国家権力が病人を隔離することにより、伝染病の蔓延を防ぐ」という規範意識に立脚するという。検疫法では、検疫所長に強い権限が与えられ、患者を見つけ次第、病院に隔離することができる。
また、機内で患者と濃厚に接触した者を「停留」することができる。検疫所長の指示に従わなければ、罰則を受ける。検疫法35条に、「隔離又は停留の処分を受け、その処分の継続中に逃げた者は、1年以下の懲役又は100万円以下の罰金」と記されている。
振返ってみると、宇宙服のような防護服に身を固めた検疫官が成田で開始したのは4/28のことだった。
メキシコ、カナダ、米国本土からの便の機内検疫を始めた。はじめの360人ほどの検疫官では対応できず、厚労省は5月末までに防衛省や国立病院など15機関から実に延べ2450人の医師や看護師をかき集めた。その様子は連日テレビニュースのトップで報じられ、国民の危機感をいやがうえにも煽った。
この検疫で捕捉した患者は5人。この人たちと接触した人(濃厚接触者)は10日間、ホテルに缶詰、隔離・軟禁される事態となった。ホテル周辺には逃亡阻止のための警察官配置し、「軟禁状態」にした。厚労省相が節目でもないのに会見をして大見得を切った。
この風景は、アメリカのメディアを通じて、広く世界に報道された。こうなると国際的な疑問符に耳を傾ける余裕などなくなっている。ひたすら、検疫法で決められた通りの対策に突っ走ったのだった。機内検疫を中止したのは5月22日だった。
水際作戦については当初から水際作戦はナンセンスであるという批判が、WHOはじめ、あちこちから聞こえてきていた。
http://www.melma.com/backnumber_108241_4480925/
要するに、水際検疫を有効と評価した学術論文はなく、WHOも「歴史的にも成功した例はない」と発表したのである。
これに対して尾身委員長は、参議院予算委員会(5/28)で「国内感染を遅らせる一定の効果はあった」と国の水際作戦を擁護した。2500人を動員し、10万人を越える旅行者のスクリーニングの結果、5人の“容疑者”を見つけたに過ぎない初動策を、評価できると言い張った。
成田ですり抜けた感染者が国内で見つかった。この点を質すと尾身委員長は、「水際作戦に力を入れすぎた結果、国内での防疫対策に抜かりがあったかもしれない」と今になって、水際作戦の行き過ぎをしぶしぶ認めている。
成田で、発熱した患者を見つけるためにサーモグラフィー300台(1台の通常価格100数十万円)を倍以上の300万円で緊急調達している。それで発見したのは5人に過ぎなかった。費用対効果の点でも水際作戦が失敗だったことが明らかになった。
空港で監視を強化し、新型ウイルスが侵入しないよう徹底した防疫網を張って水際作戦を実行したのは、世界中で日本と北朝鮮だけだった。世界が奇異な目で見るはずだ。
検疫騒動は「政府は一生懸命やっています」という政治的なパフォーマンスに過ぎなかったのだ。
新型インフルエンザ蔓延の勢いは、日本では一服している。が、これから冬を迎えるオーストラリアをはじめとする南半球では毎日100人以上が感染している。間もなくこの勢いは、北半球に戻ってくる、第二波の襲来が懸念されている。
厚労省は6/26、第二波を控えた行動計画を大きく転換し、都道府県に基本的な運用方針を事務連絡した。新型インフルエンザ発生以来、これが86通目の事務連絡である。これらは事実上の命令であり、逆らうと後の仕返しが怖い。
連絡文書作成を検討する前段での担当者による会議録が手に入った。その文書の中で、興味深い何行(発言の一部)かを発見した。
・「基本的な考え方(哲学)として重傷者をなるべく減らすこと、個人はなるべく感染しないようにすること」
これが運用哲学だそうだ。ばかばかしくて笑ってしまう。
・「(感染の)封じ込めは現実的でないこと」
・「流行の『防止』はパーフェクトであることを求められるので、『縮小』等の語を用いた方がよい」
さすが官僚作文。面目躍如たるものがある。
尾身委員長。
「妊婦が死んだりすると、社会的なインパクトは大変だから、基礎疾患のある人で重症化しやすい患者を重点的に診ていくことになる」そうだ。あとは知らない、とでも言いたげだ。
感染予防法により、国内患者の感染予防・治療対策は、「地方自治体の責任」が謳われている。要するに、国はお手上げ。皆さん頑張ってというメッセージである。
頑張りましょう!
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