2009年08月12日

◆戦没先輩を偲んだ(再掲)



                 渡部亮次郎

<本稿は、全国版メルマガ「頂門の一針」主宰の渡部亮次郎氏が本欄「百家争鳴」に寄稿、07年6月27日掲載したものです。今回「再掲」したわけは、本稿末尾に追筆します。ご高覧の程を。
 なお、「頂門の一針」本日号に掲載されました・・主宰毛馬一三>


<本稿>
学校の創立記念事業にはいろいろある。私の県立秋田高校は前身秋田中学校の始まりが1873(明治6年9月1日)だから、この秋で創立134年を迎える。

私たちが卒業した時は80周年だったので、秋田県記念館で日本舞踊家五條珠実の舞踊披露が記念行事の1つだった。

先輩の大流行歌手東海林太郎(しょうじ たろう)が存命中だったから、彼の公演を希望したが、届かなかった。尤も地元では彼はアカ(共産主義者)と思われていたので、それでかもしれない。

話は九州に飛ぶ。その昔、福岡県立中学修猷館(しゅうゆうかん)の寄宿舎の一部を仮校舎として開校した県立福岡高等学校が、平成19年6月9日に創立90周年記念式典を挙行した。ここまではどこにでもある話。

福岡高校の男女生徒たちは昭和20年4月、海軍航空隊攻撃機の機長として散った大先輩の遺徳を詩や短歌に詠み、それをもう1人の先輩の声楽家に歌っていただき、CD4000枚と歌曲集(楽譜)3000部を先輩や関係者に配布したのだ。

「誰よりも 愛すべき人よりも なお 国を愛して 逝きし人かな」
「願わくは 時空をこえて 語りたい 白き心は くちなしの花」
74歳の現役バリトン歌手山本健二さんが朗々と、しかし、しんみりと歌った。

歌われた話題の主は大東亜戦争で学徒出陣し24歳で散った故宅島徳光さん。福岡高校(当時はまだ福岡中学校)から慶応大学に進んだが、戦況の悪化に伴って断行された学徒出陣で海軍航空隊に入り、終戦直前の昭和20年4月9日、宮城県の松島基地から出撃したまま、金華山沖上空で不帰の人となった。

生前に残していた「青春の記録」は、一部は既に戦没学生の手記を集めた「きけわだつみのこえ」に収録されているが、遺族は「記録」の全部を昭和36(1961)年に「くちなしの花」として自費出版した。

実はこの遺稿集を偶然の機会に読んだのが声楽家の山本さん。「この本を読んだいまの高校生の言葉を歌にして、後世に残してみては」と母校に持ちかけたのだ。

話をうけた校長(当時)藤 和義さんが遺族に「全校生徒に読ませたいので、是非」とお願いしたところ井上清方さんから1冊が寄付された。

生徒たちは一昨年から全員で回覧。伝わる思いを詩や短歌にした。その中から10編が選ばれ、山本さんの知り合いの作曲家平野淳一さんがすべてに曲をつけ、更に山本さんが黒尾友美子さんのピアノ伴奏で10曲すべてを謳いあげた。

ほかに「くちなしの花」と題する故人の手記を元NHKアナウンサーの山田誠浩さんが朗読している。

90周年記念音楽会は6月9日の夜、博多区築港本町の福岡サンパレスで開かれ山本さんがCDから選んだ2曲を歌った。

CDの冒頭の1曲「くちなしの花」作詞村上駿君は高校60回生。
くちなしの花が散った 枯葉と共に散り落ちた それでも 今日も
明日も 心の中に いつまでもその花を 咲かせていよう 寂しくとも 寂しくとも

高校60回生 末次由布子さん「光の種」
この青空の向こう側 あなたは笑っているのでしょうか 今日もあなたを想います 故郷(ふるさと)遠い空の下

・・・たとえ心が枯れようと 光の種を残しましょう あなたが咲かせてくれるなら 輝く未来(あす)にゆれるでしょう

縁あって山本さんから、今度はこのCDに紹介記事(5月29日付西日本新聞)を添えてご恵贈に与かった。

山本さんは言う。「作品を通して若き後輩たちの深き精神性を知ることが出来た。満ち足りた気持で同窓の方々と共に90周年を祝うことが出来る。

西方浄土、薄きばら色の空に眠る宅島徳光先輩、並びにわだつみの声、草生す屍となった幾万々の御魂に、合掌」。
CDについての御問合せ先は福岡県立福岡高等学校 
電話:092-651-4265 HPは http://fukuoka.fku.ed.jp/


◆主宰者よりの追筆ー

本稿を再掲したきっかけは、実は今年「関西福中・福高同窓会」の常任幹事(IT担当)に就任した私宛に、同会会長小山富夫氏から貰った一通のメールだった。

そのメールは下記のような内容だった。

<昭和20年4月9日、飛行訓練中金華山沖で殉死された福中先輩・宅島徳光さんのURLをお送りします。宅島先輩の手記が「くちなしの花」として渡哲也が歌ったことはあまりにも有名です。
http://fukuoka-senjin.kinin.com/data/item/759
http://ilovenippon.jugem.jp/?eid=386

19年6月9日の福中福高創立90周年記念式典で、宅島先輩の詩が詠まれ、高校3回生卒で歌手の山本健二さんが作曲した鎮魂曲が披露されました。この時の模様を記録したCDを、近くお持ちします>。

俳優渡哲也が歌った「くちなしの花」は、よく知っている。というより、歌名を聞いただけでメロディーが脳裏を駆け巡るほどの愛唱歌のひとつだ。「いまでは指輪も まわるほどやせてやつれた おまえのうわさくちなしの花の 花のかおりが旅路のはてまで ついてくるくちなしの白花・・・」。

それほどの歌であるのに、その歌詞の基になったものが、福中先輩の宅島徳光さんの「戦時手記」だったとは不覚にも、知らなかった。小山氏のメールが無かったら、知らないままに過していたに違いない。

ところがそうこうしている内、ハッと思い当たることがあった。たしか宅島徳光さんのことを、畏先輩で「頂門の一針」主宰の渡部亮次郎氏から寄稿して頂き、本欄「百家争鳴」に掲載したような記憶が、頭をよぎったのだ。

急かれるままに本欄のバックナムバーを調べた。間違いなく07年6月27日の本欄に掲載していたことが確認できた。内容が凄い!

ご拝読頂いたように、我が同窓会90周年記念に触れられ、宅島先輩の当時の想いの詩が詠まれ、先輩声楽家作曲の鎮魂歌の披露のことまで克明に書き込まれている。しかも「CD」のことにも触れられている。紛れも無く今も息づく「玉稿」だ。

同窓会の小山会長が近く、創立90周年の行事記録の「CD」を持参してくることになっているが、おそらくその会合の時は宅島徳光先輩の「偲ぶ会」になるだろう。であれば、2年前に掲載した渡部亮次郎氏の原稿を、事前に「再掲」しておこうと思った次第だった訳だ。
                        (了)  2009.08.12

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 http://www.max.hi-ho.ne.jp/azur/ryojiro/chomon.htm
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