2009年09月09日
◆アメリカで感じたこと(四)
杉原行幸
この編の終わりに当たり、書き残したことを少し書き足してみたいと思います。
アメリカ人は旅行者には親切です。道は丁寧に教えてくれます。教えた後も良く見守ってくれていて、間違った方向に行くと大声を出して再度教えてくれる人もいます。
フィラデルフィアで、「日本庭園」を見に行く途中、公園で会話を楽しんでいる黒人3人に道を教えてもらった時のことです。探しあぐねて戻ってくる私を見つけ、車で連れていってくれると言って案内してくれたのです。
知らない人の車に乗るのは怖くなかったのか、と言った友人もいますが、いかにも人の良さそうな顔つきでしたので、不安は全く感じませんでした。
ところが、行ってみると生憎「日本庭園」は定休日だったのです。諦めずにノックをして、出て来たガードナーに「日本からわざわざ見にきた」と言うと、「OK」といってすぐ招きいれてくれました。手入れの苦労話などもしてくれて、フレンドリーそのものでした。このような例は枚挙に暇はありません。見知らぬ人にも親しく振舞う陽気さは、アメリカ人特有なものです。
その反面、訴訟社会の厳しさも聞きました。友人が開いてくれたパーテイで、私が「豚インフルエンザの話」をした時です。学校閉鎖で働く母親たちが子供の世話に困った末、交代で会社を休んで近所の子供たちの世話をしたという私の話を聞いた一人が、吃驚したように皆に「聞いて、聞いて」と叫びました。アメリカでは考えられないというのです。もし怪我でもさせたらどうなると聞きます。
数日あと、たまたま雑誌で弁護士の広告一覧を見ました。日本の医者のように専門が分かれていて、家族法とか、労働関係や個人の補償問題とかセクシャルハラスメントなどをアピールしています。
彼らは自分に依頼すれば、どれだけ補償金が取れるかを競って宣伝しているのです。被害を受けた人々が大目に見ることをせず、訴訟を起こす成り行きに発展するのも頷けます。
銃砲所持禁止についても、アメリカでは、日本人には想像できないほど強い抵抗があります。表面的な親切やフレンドリーな態度と、「自分で自分を守るという最後の砦」とは全く違うということを考えさせられます。
私とアメリカ人の友人とは外国人同士の珍しさもある表面的なものでしょうが、本当に親しくしてくれている感じる時もしばしばです。でも何かトラブルが起きた時、果たしてどうなるのか、頭の中では判る気はしますが、実感は湧きません。
私はアメリカ人を中心に外国の友人たちに、この原稿と同じくらいの長さの日本文化紹介を毎月1回英文メールで送っています。伝統行事や芸術などの記事にも関心を持ってくれますが、それよりも日本人の考え方や行動様式により多くの興味を示すようです。
一番反響があったのは、「七夕の紹介」に関連して日本人が木の枝などに、短冊を結びつける習慣があることに触れた時でした。福岡市で道路拡幅のため花のシーズンを前に、桜の樹が伐られることになったのを悲しんだ人が、市長あての短歌を枝に吊るしました。
せめて満開を過ぎるまで伐るのを許し給えと訴えたのです。進藤一馬市長は返歌をしたため、愛好家の心を賞で伐採を延期しました。桜の枝は、美談として新聞で報じられた直後、多くの市民の短冊で覆われました。
結局、その桜の樹は他の場所に移植され「檜原の桜」として今でもシーズンに
なると多くの和歌、俳句が枝に吊るされるそうです。
この日本人の優雅さ、平和的な解決法、自然を愛する気持ちなどを綴った「日本人の考え方や行動様式の文章を高く評価した反響メールが、各国から沢山寄せられました。アメリカ人も、できれば平和的な方法で物事を解決したいと思っていることに変わりないと感じさせられたのです。
夏の風物詩として「浴衣」を紹介した時も、そうでした。合わせて披露した「日本人の消夏法、食べ物の盛り付けや風鈴など五感で涼しさを感じさせるやり方」にも、共感が寄せられました。
年中行事も、行事そのものの珍しさより、日本人が季節を大切に自然を愛する気持ちや、祖先を敬う心根に共感を抱くようです。
それぞれの国の文化はさまざまであり、理解と敬意を持つことは大切ですが、すべてを判り合うことは難しいでしょう。しかし人間の底にある心情には変わりがないことを文化紹介の反響で感じました。
今回の「旅」で経験した様々なことが、これを確認した結果となったことは、私にとって一番の収穫でした。
最後に書き添えますが、NYの近代美術館では圧倒されました。想像を絶する発想のあらゆるアートが並べられていました。
人間は長い歴史の蓄積の上に、思いもつかぬ発想を出現させるクリエーテイブな存在であることを痛感しました。各国の長い歴史から生まれた伝統文化の大切さは勿論ですが、人間はさらに新しいものを生み出していくのです。
年に1度、例えばグランドキャニオンの壮大な景観に計り知れぬ自然の偉大さを感じとり、NYの近代美術館で人間の想像力の無限の豊かさに目を開くのも、自分を再生させるのにいいものだと思い、健康が許せばこうした「旅」を続けたいと念じています。(終)
(1級ファイナンシャルプランニング技能士)
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