2009年09月19日

◆福井県に罪は無い



                  渡部 亮次郎

エチゼンクラゲの漁業被害が報じられるたびに越前=福井県を連想するのは当然だが、実は福井県に全く罪は無い。

1921(大正10)年の12月に福井県水産試験場から当時の農商務省の岸上鎌吉博士の許へ届けられた標本が、初めて他とは違う種類のクラゲであることがわかったことからこの名がつけられたに過ぎない。

国産の食用クラゲは産出地域の旧国名ごとに和名がつけられており、ビゼンクラゲ(岡山県:備前国)、ヒゼンクラゲ(佐賀県:肥前国)と命名されている。

当時の福井県水産試験場長の野村貫一氏の姓が学名のnomuraに採用された。

福井県では「エチゼンクラゲ」の名称が報道される度に福井県産の海産物のイメージダウンになることを危惧して「大型クラゲ」などと言い換えをするように報道各社に要望しているが、既に和名として一般に定着していることもあって要望は実現していない。

エチゼンクラゲそのものは大型の食用クラゲの1種で、傘の直径が2メートル重さ150キログラムになるものもある。日本では人が刺されたという報告は殆どされていない。体の90%以上が水分である。

渤海・黄海では漁獲され、食用に加工されている。ビゼンクラゲに比べて歯ごたえ等が悪く、価格が安い。傘の部分は表面がざらざらしている上に肉が薄い。口腕の部分はほとんど利用されることはない。

近年、日本に輸入されるクラゲのかなりの部分をエチゼンクラゲが占めるようになった。これは、クラゲの質の善し悪しを知らない日本人が多いために、安いクラゲを仕入れて今までと同じ値段で客に出す中華料理店が増えているためとも考えられる。舐められているのだ。

本来の繁殖地は黄海および渤海であると考えられており、ここから個体群の一部が海流に乗って日本海に流入する。 対馬海流に乗り津軽海峡から太平洋に流入したり、豊後水道付近でも確認された例がある。

1958(昭和33)年、エチゼンクラゲが津軽海峡まで漂い、時節柄浮遊機雷と誤認されて青函連絡船が運行停止になったことがあった。

近年、日本沿岸でエチゼンクラゲは大発生を繰り返しており、巨大な群が漁網に充満するなど、底曵き網や定置網といった漁業を著しく妨害している。

またエチゼンクラゲの毒により、このクラゲと一緒に捕らえられた魚介類の商品価値を下げてしまう被害も出ている。古くからクラゲ漁を行っていない地域では苦慮している。

大量発生の原因として、産卵地である黄海沿岸の開発進行による富栄養化、海水温上昇などの説が挙げられている。

特に三峡ダムなどの開発が原因ではないかという仮説が立てられており、国立環境研究所などが検証を始めている。

面白い事がある。最近の研究でエチゼンクラゲの天敵がアジやカワハギである事がわかった。

特にカワハギは集団でエチゼンクラゲを襲うことが分かり、石川県のカワハギ漁の漁師がエチゼンクラゲをカワハギ漁の餌として実験して効果が確認されている。出典:『ウィキペディア』
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