2009年10月03日

◆戦争中の英語教育



               渡部亮次郎

<頂門の一針 1680号に渡部亮次郎が「米国防総省外国語学校」というコラムの中で「特に戦争を前に英語を禁止した日本、慌てて日本語教育を始めたアメリカの対比としても . .」と書いておられる。これとよく似た話を時々耳にするが、これは私の体験からは全く理解できない。

私が昭和18年に入学した岡山の県立中学校では太平洋戦争中から終戦に至るまでまったく変わることなく英語の授業は正常に続けられていた。

私が最初の英語を習った先生は東大の英文学科を出た非常に立派な先生で、そのお陰で私は後に米国ミシガン大学院に学んだ際、外国人学生に対する英語のテストで英語を母国語とする学生と同じ分類に入れられ、学期ごとに受ける授業数に何の制限も課せられなかった。

戦時中に英語の授業を軽視した中学校、女学校もあったかは知らないが、それが日本全体の姿だったとは思えない。渡部亮次郎氏のような表現はその頃のことを実体験として知らない人達に誤った考えを与える記述だと思う。(犬飼通之)>

わたしは英語に関しては、単に当時の世間の風潮を論じたもので、学校などの教育現場に政府から禁止令が出ていたとは書いていない。

それにしても、いろいろな資料に当ってみた結果、私の半可通な理解だったようだ。大東亜戦争中の英語教育について、政府から禁止令のような物が発せられた証拠物件手許にはない。おそらく内務省(当時)などから様々な団体や分野に対して「通達」など文書が発せれたのだと思うが、確認できない。

『近代日本総合年表』(岩波書店 1968年11月25日 第1版第1刷)によると、私が「戦時中」と認識する支那事変の始まった昭和12(1937)年7月から敗戦の昭和20(1945)年8月15日まで、わが国英語教育に関する政府からの通達や指示を見つけることは私にはできなかった。

しかし、何によってそうなったかの根拠は必ずしも明らかでないものの、年表には英語、横文字から隔離されてゆく庶民生活が活写されている。

まず国民の精神を戦時体制にするための「国家総動員」が昭和13(193)年4月1日に公布された。

昭和15(1940)年3月28日、内務省は横文字を芸名にしていた歌手ディック・ミネと芸人ミス・ワカナに対して改名を要求した。ディックは峰 耕一と改名した。

同じ年、10月31日、東京中のダンス・ホールが政府から閉鎖命令が出されるなか、煙草の「バット」が「金鵄(きんし)」に「チェリー」が「櫻」に改称された。

昭和16年12月8日は対英米戦争が布告されるが、それに先立って政府は女子の「セーラー」服を禁止した。

海戦と同時に天気予報は報道禁止となった(英語とは無関係。制空権との関係で天気予報は最高の軍事機密だった。再開は20年8月22日)。

また政府は開戦4日後に開いた閣議で、支那事変を含む今度の戦争を「大東亜戦争」と決定した。

昭和18(1943)年2月、英米語の雑誌名の変更が政府から命令された。「サンデー毎日」は「週刊毎日」に「エコノミスト」は「経済毎日」に「キング」は「富士」に「オール読物」は「文藝読物」と改題された。

12月25日には紙幣から横文字部分が消えた。

この年、野球のストライクは「良し1本」 「アウトh「引け」
発車オーライは単に「発車」、「バック」は背々となった。なぜ誰が命令したのかは分からない。

戦中。秋田市立秋田商業学校から、海軍の将校養成学校海軍兵学校に合格した」郷里の先輩石澤武義さんによると、入学試験には英語が重視されてため。商業学校では英語の授業が行なわれていた、

また海兵では英語に力を入れるのが伝統で、山口県の八代島に疎開していた海兵岩国分校で8月6日朝8時すぎにピカドンが近くの広島市で炸裂したときも、英語の授業が始まったばかりだった。

そのほか、私のメルマガの読者からの投書などでも明らかなように、戦時中、様々な分野で英語やその他の横文字は「敵性語」とされて行ったが、中等学校上の学校では殆ど英語の授業は行なわれていたと見るべきのようだ。

とはいっても海軍省は海軍兵学校に対して戦争末期、英語授業の終了を命じてきた。しかし校長成美(のちに大将)は断乎としてこれを拒否したそうだ。「帝国海軍将官にとって英語の教養は不可欠である」。

仄聞するところ陸軍士官学校では早くから教育から英語は除き、ドイツ語とロシア語が重視された。

かくて敗戦。昭和20年9月15日、「日米会話手帖」が発売され,総計360万部が売れた。2009・10・02




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