真鍋 峰松
今年も残すところ、あと僅か。 毎年この時期になると決って報道されるのが、今年の漢字と新語・流行語大賞の発表。 漢字の方は「新」。そして、新語・流行語大賞は「政権交代」に決った。
両者とも、現在の暗い世相を根本から変え、少しでも住み良い社会に革新して欲しいという庶民の切なる想いが込められている言葉である。
さて、新語・流行語大賞の正式名は「2009ユーキャン新語・流行語大賞」(現代用語の基礎知識 選)というそうだが、今年で26回目。 その内、選考に残ったトップテンの中に、「派遣切り」や安価で手軽なファッションを指す「ファストファッション」といった現下の厳しい時代をそのまま反映する言葉が見受けられた。
そのトップテンの中の一つが「事業仕分け」。世論調査では8割近くが高く評価をするとの結果。 繰り返しになるが、公開の場でこのような議論がなされ、大々的に国民の目に触れる形で意見交換が行われたという歴史的意義は十分に評価されるべき、とは思う。
だが、問題は当該事業の見直しにより如何なる影響が関係方面へ生じるかについての深い議論が不足していたことだろう。見聞きした国民がこれを十分認識し、自身への影響度合が伝わったのだろうか、疑問である。
ドラマそのままに、仕分け人が一方的に攻め込む姿に胸をすく思いだけが残り、片方の所管行政側のモタモタと答弁する姿に快感を覚えるという、一種人民裁判のような錯覚が反映されたような世論調査の結果ではなかったか。
同時に、国民の間では、豊富な知識と見識を備え国家天下を論じる高級官僚という今までのイメージが著しく損なわれた気がする。 もっとも、答弁に立つ高級官僚に対して多少同情の気持が生じる点もある。
何故なら、答弁のモタモタは、従来の国会の委員会審議の延長上での答弁意識の表れかも知れないと感じる点にある。
つまり、委員会審議の答弁内容は議員の質問範囲に限定され、答弁側からの正面切っての反論や問題提起が自動セーブされ、「検討します」「研究します」、酷い場合はよくよく聞けば「ご無理ごもっとも」式の習性がそのままで、質疑の内容が対等な討論にはほど遠い方式であった、という意味である。
今回の「事業仕分け」はその延長上の意識ではなかったのか。 今後も毎年「事業仕分け」を続けるというなら、この答弁意識の変革も含め、種々改善を要する点が多いと思われる。
蛇足ながら、最近の政治・行政を見聞きしていると、現在の風潮は徒にアマチュアリズムに偏し過ぎている気がしてならない。確かに、世に新風を吹き込み、旧来の弊習を抜本的に打破するという面では必要なことだろう。
だが、アマチュアが責任ある立場で参画するというからには、それなりの基礎的な知識を身に付け行うべきだろうし、まず、謙虚さを自覚すべきだろう。今回の「事業仕分け」を見聞するにつれて、その観をより深くした。
もう一つ。 「歴女」なる耳新しい言葉が選ばれた。 その意味するところは何か。大上段に述べるには、この言葉の定義自体も難しいのだが、最近、若い女性の間で歴史がブームになっているそうで、彼女たちが歴女と呼ばれ、歴史に大層詳しく、さらにはお気に入りの戦国武将などがいるそうだ、程度の知識しかない。
その武将の一人が石田光成。今年の大河ドラマでは好意的に描かれ、なおイケメン俳優が演じることによって、「歴女」の中でも人気の武将の一人である、そうな。 私などは、石田光成の有名な「三椀の才」との話と、人により評価が大きく割れる天下分け目の関ケ原大合戦を巡る話程度しか知らないのだが。
そこで、人気者。 人間が最も興味を持つ関心の対象はやはり人間であり、世間は年がら年中、明けても暮れても人の噂話で持ち切り。 居酒屋の酒の肴ではないが、専ら貶して罵って憂さを晴らすのだが、時には持ち上げて囃し立てる話題も求められる。 そこで、陽気で華やかな傑出した人材の出現が待たれている。
その気運にうまく自分を乗せ、華やかに押し出し売り込む呼吸に成功した者が人気者となって喝采される。反面、人気者ほど辛い立場はないだろう。いつも庶民の要求に応えてゆかねばならない。
つまり、話題の提供である。それが切れたら運の尽き、飽かれて見放される。その果てには、今度は、逆に世を挙げての嫉妬心が燃え上がり、憎んで難癖をつけて叩き落とす。これが剥いたところの現実の世の姿。
こう言えば、身も蓋も無い話になるのだが、今の鳩山首相の評判などはその好例。 その内、橋下大阪府知事などもいずれは・・・・。
(この項・最終回)
<評論家>