2010年01月09日

◆これが“私の最後の彼女?”

真鍋 峰松

我が家には室内で飼うミニチュア・シュナイザーが三匹いる。12歳、7歳のオス二匹に、一番小さいのが5歳のメスである。
 
何故このように同種の小型犬を三匹も同時に飼う羽目になったのか。 説明すると長くなるので省かせて頂くとして、私ども夫婦が決して望んだ結果ではないのだが。会社勤務(週2日)以外の在宅日は、オス二匹の朝夕の散歩が私の日課である。

この勤務形態になって以来の4年間というもの、雨が降ろうが雪が降ろうが、台風以外のほぼ毎日、散歩時間ともなれば催促に鳴き喚くお犬様に追い立てられ、健康的な散歩のお供が日々の習慣となってしまった。 
因みに、残り一匹の最小のメス犬は散歩時に狭い庭での放し飼い。そこで、拙宅に来られるお客様が一番驚かれるのは、玄関から入って即の三匹の小型犬の騒々しいワンワン、キャンキャンの喚き声。
 
更に驚かれるのが、我が家で最も広いリビングが、室内の到る所まるで犬小屋化している有様である。太陽の光が最も入る窓際にはお犬様専用の座布団が三枚ずらり。唯一のソファも今やお犬様専用のベッド。
 
実際の話、細々とした収入の我が家にとって極めて物入りなお犬様たちで、餌代にペットシーツ代、更には二カ月に一度のトリミング代、七種混合ワクチンなどの治療代等々、毎年相当な金額ともなる。

その上、家族全員で長時間家を空けることも儘ならず、本当に頭が痛い存在である。                                    
だが、しかし、である。 今や我が家の主人顔でのさばるこの犬たち。意外な事にそれぞれに人間並みの個性があって、毎日飽きない日々を過ごさせて頂ける有難い存在でもある。

何より、長年サラリーマン生活を送ってこられた方なら何方も同様でしょうが、現役時代にはこれまで近所付き合いなど一切無縁であった私とって、散歩時の犬を機縁とした見ず知らずの方々との会話を促す機会ともなり、狭い範囲ではあるが、それなりの地域コミュ ニケーションの機会ともなっている。
 
私の住むのは府内のニュータウン。緑道や公園内で犬の散歩中によくよく観察すれば、犬の散歩に勤しむ会社をリタイヤーした男性年配者の多さに改めて驚かされ、この風景一つに今更ながら高齢化社会の到来を実感させられる。

さてその中で、親しくなった私より少々年上とお見受けするお一人の男性の言葉に暫し笑いが止まらなかった。 曰く、「これは我が家の女王様。現役時代には接待等で色々あったが、これが私の最後の女。孫より宜しいで。あれ買え、これ買えも言わへんし、病気で心配することもないし」
 
この言葉に、私も思わず「同感、同感。御同慶の至り」。長年の宮仕えの辛苦や、様々な色模様の果ての、何とも穏やかな日々の連続である。(完)
                        <評論家>

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