2010年01月17日

◆山科だより 「小京都」

渡邊好造

(社)京都市観光協会を事務局とする「全国京都会議」発行の小冊子『なつかしい日本・小京都』(平成15年発行)によると、日本全国の「小京都」といわれる地域が紹介されている。

広島県の"尾道"、山口県の"萩"などの有名観光地を初め、北は青森県の"弘前"から、南は鹿児島県の"知覧"まで53の「小京都」があげられている。

近畿ブロックでは、文化薫る歴史の街"上野"(三重県)、濠の水に歴史を映す"篠山"、町家造りと現代の建物が共存する街"出石"、童謡の里"龍野"(以上兵庫県)の4ヶ所、関東ブロックでは、"栃木"、"足利"、"佐野"(以上栃木県)、"小川"、"嵐山"(以上埼玉県)、"古河"(茨城県)、"湯河原"(神奈川県)の7ケ所である。東京に該当地区はない。

冊子巻頭の挨拶文によると、 『小京都・・・。わずか三文字の短い言葉に、私たちは不思議な懐かしさと憧憬を覚えます。悠久の歴史と豊かな自然に培われた伝統や文化、季節を彩る風物詩、そこに住まう人々の暮らし、、、。そんな文化を守り伝える小京都を訪ねてみませんか。日々の暮らしのなかで忘れかけていた懐かしい日本の原風景にきっと出会えるはずです』 。地域の選定基準は特に記されていない。

もちろん原点の"京都"についても、”雅びを極めた悠久の都”として、見どころ、行事、工芸品、味・グルメ、交通などを他の地区同様に半ページをさき、表3の1ページには、京都府内の「名所めぐり」、「夜の京めぐり」、「特別コース」といった具合である。

ところが"山科"については、京都のページでもまったく触れていない。京都市が中心になって編集しているのだから、無理やりにでも山科を入れるのが当り前だし、テーマはいくつもある。

もともとあった遺跡や名所旧跡に加えて寺院、神社をはじめ刑務所まで京都の中心部から移転させてきたから、山科は今や博物館のような興味ある存在になっている。他府県の”エセ京都”ばかりを後生大事にとりあげ、どうして同じ京都の"山科"を無視するのか。

"担当者の脳味噌をのぞいてみたい"と悪態をつきたくもなるが、山科が京都市内でありながら”はぐれ京都”となっている理由は、山ひとつ隔てた地理的なことだけでなく、山科の特色を表現できていないこと、そして何よりも当事者の評価能力と認識不足にあるのは間違いない。

”ガウスの法則”で有名なドイツの数学者フリードリッヒ・ガウスの、小学生の頃の足し算の逸話を思い出してもらいたい。

よく知られた話だが、念のため紹介すると、『算数の授業で1〜100までの合計を計算しろとの課題で、両端の数字を足すと100+1、99+2、、51+50といずれも101になり、それが50個あることにガウスは気づきたちどころに5050と解答した』。

他の生徒が懸命に足し算しているのに、それとは違った簡単な方法で答えを導き出した彼の能力と個性もさることながら、「なにをしている、手を休めず早く計算しろ!」と叱らず、彼を別の面から観察し評価した教師に注目するべし、と筆者は考える。

優れた能力と個性は、それを発揮する者と評価し前面に押し出してくれる者の両者がうまくかみあってこそ、ガウスのように浮彫りになる。

山科の優れた点、評価できるポイントはこれまで”山科だより”で触れてきたように数多くある。それらを特徴づけ個性化し、そして評価する者がいないことも山科、ひいては京都市の課題なのではないか。

京都市と大津市の間にある目立たない山科盆地、自然と歴史に囲まれたやすらぎの街"山科"。なんとか「小京都」に昇格させたいものだ。                         (完)

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