2010年02月06日

◆政治評論家はゼニゲバ

渡部亮次郎

テレビに出てくる「政治評論家」には気をつけたほうがいい。誰とは言えない(名誉毀損で訴えられる恐れがある)が、例えば、小澤塾で講演するたびに、なんと50万円から少なくとも30万円の謝礼を受けているらしい。

庶民なら、これは「月収」であろう。謝礼を受け取った後、出演する翌日のテレビのワイド・ショウで小澤氏の悪口をいうだろうか。言ったら、来月から50万円を失う。誰が小澤の悪口を言うものですか。「これがマスコミの実態ですよ」。

講演1回で50万円。私も受けたことがあります。幸い、テレビに出てゴマをする必要は無かったのですが、あったらやったか否か自信がない。「小澤はカネになる」と分かって小沢氏の悪口を言う人は稀では無いだろうか。

政治記者を退職した後、政治評論家を名乗って仕事をするには(1)取材を続ける(2)雑誌に執筆し、原稿料を得る (3)テレビやラジオに出演してギャラを得る (4)講演会に呼ばれて講演料を得る、などがある。

こうした状況を政治家の側から見ると、政治資金の使途では、派閥や研究会に呼んだ政治評論家には1時間程度で30万円から50万円が支払われている。総務省への届けにある。

テレビの出演料は1時間でもその半分か3分の1だが、いわゆる「顔」を知ってもらって、講演会などに呼んでもらうにはテレビに出るのが最高の「宣伝」。そこでどうしても、放送局に何回も呼んでもらえるよう、司会者の意向に沿った受け答えをするようになるのは当然である。

雑誌に原稿を書くのも宣伝だが、原稿を執筆する手間の割合には原稿料は安い。どうしてもテレビが手っ取り早いし、労力の割合にはギャラは高い。これを「公正」「公平」と思わされる庶民こそ迷惑ではないか」。

まして各党の派閥研修会や研究会に呼ばれるようになると、再度招いてもらうには耳障りな事は言えない。ゴマをすると馬鹿にされるが、ついお追従めいた事しか言えない、という。これが「人情」だろう。

政治記者もやったし、大臣秘書官も経験しても、政治評論でメシを食うことをついぞ考えなかったのには、こうした裏側を知りすぎていたからでもある。

特に政治記者(国会記者)バッジを失った人間が、国会や役所にフリーパスで出入りする事はできなくなるから大変だ。勿論、記者クラブにも所属できぬ身とあっては記者会見も聞けない。

自然、様々な伝手を求めて現役の若い記者たちにすがって断片的な情報を得ようとする。後輩は陰で軽蔑する。

外務大臣や厚生大臣の秘書官時代は、こうした政治記者から大臣への単独取材の捌きに時間と労力を少なからず費やしたものだ。

断るのは簡単で、大臣は喜ぶが、間に立つ身にしてみれば、すげなく断れば大臣の評判にかかわる。またつい以前まで取材する側にいた立場とすれば相手に同情もしてしまうのだった。

評論家にしてみれば、大臣に会わなければ噺にならないから、時によっては、料亭に一席を設けて大臣を接待するという時もある。大臣の交際費が豊かなときは、逆に大臣が接待する時もある。

そうした舞台裏のすべてを知った私の特徴は、政治評論家の出てくるテレビ番組を一切見ないことである。2010・2・4


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