2010年02月07日

◆陸山は何処から来たか

渡部亮次郎

◆<本稿は、本日の全国版メルマガ「頂門の一針」(1810号)に掲載されています。同誌には、小澤幹事長に関する著名評論家の卓見が多数掲載されています。購読(無料)御希望の方は、下記のホームページから手続きしてご拝読下さい。
  http://www.max.hi-ho.ne.jp/azur/ryojiro/chomon.htm

(渡部亮次郎氏の本文)

小澤さんの政治資金団体の名前が「陸山会」だという。「多分」これ小澤一郎の「雅号」だろう。雅号を「越山」といったのは師匠田中角栄。田中の親分佐藤栄作は「周山」と号した。派閥名が周山会だった。

「素准」は吉田茂の雅号。シゲル・ヨシダの頭文字SYを漢字で書いたというわけ。明治の人、吉田ワンマンらしい洒落だ。

吉田茂とは比ぶべくも無い小澤一郎氏が、雅号を名乗ったのは角栄氏の越山に倣ったものだろうが、選挙区岩手県の三陸(陸前、陸中、陸奥)の山々を陸山と統一呼称し自らの雅号としたのだという説がある。

雅号(がごう)は、文人・画家・書家などが、本名以外につける風雅な名のことである。わが国の場合、政治家は花押と雅号を持って初めて一人前とされる。特に花押は閣議での署名に使用するものだから、花押を持っている事は入閣済みを意味するから大事だ。

雅号の風習は中国から伝わった。特に、俳人であれば俳号、吟詠家であれば吟号などともいう。

江戸時代までは、個人の名前は姓と諱(いみな)、名字と通称、さらには字など、複数の名前を一人が持つことが認められてきた。しかし、明治時代になると氏名が戸籍に記録され、それ以外の名前を持つことは禁じられた。

これに反発する形で、「雅号」が当時の知識人にもてはやされる。明治初期の文人に夏目漱石や森鴎外のような雅号を使用している者が多いのはそのためである。

雅号は知識人以外にももてはやされ、軍人や商人などおよそ文化とは関係ない者まで使用する流行となった。

これが逆に知識人の反発を招き、堺利彦のように「『枯川』といふ号は使用しません」と雅号の使用をやめるものが増え、大正期には雅号の流行は終わり、一部の使用にとどまっている。

字よりも雅号でもっぱら知られる人物

素行:山鹿素行で知られる 山鹿義矩。
白石:新井白石で知られる 新井勘解由君美。
松陰:吉田松陰で知られる 吉田寅次郎矩方。
海舟:勝海舟で知られる 勝安房守義邦 / 勝安芳。
漱石:夏目漱石で知られる 夏目金之助。
鴎外:森鴎外で知られる 森林太郎。
哲山:田村哲山で知られる 田村哲夫。

雅号で呼ばれることもある人物

南洲:西郷隆盛 (南洲神社で有名)
甲東:大久保利通
松菊:木戸孝允
東行:高杉晋作
世外:井上馨
木堂:犬養毅
顎堂:尾崎行雄

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
2010・2・5

■2月7日(日)発刊・1810号「頂門の一針」
<目次>
・陸山は何処から来たか:渡部亮次郎
・勝って小沢のやりたい放題:山堂コラム 304
・政治家がうさん臭い:岩見隆夫
・小沢氏不起訴―幹事長留任の「怪」:花岡信昭
・翻訳者・相原真理子さんの死:馬場伯明

・話 の 福 袋
・反     響
・身 辺 雑 記
         (以上)

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