2010年03月22日

◆トヨタ一穴主義の終わり

平井修一

永年トヨタの車(マーク2)を使ってきたが、息子の代になって今はホンダである。全然、走りが違う。トヨタは伯母さん、ホンダはやんちゃ坊主の走り。それくらいの違いがある。ホンダのレスポンスのよさはすごい。ピューッと恐いくらいに加速する。

コンセプトが違うのだろう。ご婦人と娼婦ほどの違いがある。トヨタは静かである、一方でホンダは泣く、わめく、かむ、ひっかっく、しゃぶる。

ホンダはほとんどスポーツカーである。ジャジャウマ。乗り心地はご婦人の比ではない。


トヨタしか知らないのは人生の「残念」である。一穴主義だ。それも立派な人生だが、ジャジャウマに乗ってみることもひとつの冒険である、と、小生は悪魔のささやきをささやくのである。「CARちゃんだけが乗り物ではあるまいに」。

ジャガーもコルベットもランボルギーニもフェラーリも「乗ってみたいなあ」と思うのが健康な男子である。フェアレディに一度はまたがってみたいなあと思わなくて、なんで日本男児だろう。

トヨタは世界一の自動車メーカーだという。下請けなど取引先はすべてトヨタ車を利用すべきだと思っても、それを普通なら強制はしない。一時期のトヨタは暗にそれを強制していた。他社ユーザーを差別していた。

「俺はビッグだ、俺に間違いはない、黙って俺について来い」。こんな「覇者の驕り」がプリウスなどをめぐる米国でのスキャンダルもどきを招いたのではないか。「ヒヤリハット」に初期の段階で真摯に対応していれば大量リコールにはならなかったのではないか。

細かいところまで目が届かないという大企業病にかかると「慢心」「放漫」「驕り」からやがてはJALのように倒産する。小生のような永年のトヨタユーザーが一穴主義を捨て始めている。新規客をウェルカムするのは当たり前だが、他社に乗り換えた客にインタビューすれば、大事なことが見えてくるのではないか。

ブランドで食ってきた百貨店が凋落している。時代を先読みして自らが変わらなければ老舗も日本も生き残れないだろう。
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