2010年04月18日

◆今では大好物が洋食

渡部 亮次郎

「洋食」を全く知らずに少年時代を過ごした。秋田県の旧八郎潟沿岸の水田単作地帯で育ったので、捕れる淡水魚を刺身で食う事は禁じられた。鯉、鮒、鯰、蜆など、すべてを煮るか焼くかして食べた。ただし、ソースは食卓に無かったから、今でも好きではない。

刺身を食べたのの始まりは東京・赤坂の一流料亭。政治家の席だったが、美味いと思ったのは60歳を過ぎてからだった。

カレーライスは食べたことがあった。しかし、以下は東京に出て初めて食べた。「洋食」のすべてと言っていいだろう。

シチュー、コロッケ、ロールキャベツ、エビフライ、カキフライ、豚カツ、ハヤシライス、カツ丼、チキンカツ、牛カツ(ビフカツ)、ハムカツ、 メンチカツ、トルコライス、オムライス、ステーキ、グラタン ドリア、ピラフ、スパゲテー。

50歳を過ぎて、東京も下町に移り、浅草や向島の「洋食屋」を知るまでは、日本料理は刺身がつき物だから、自分の財布では敬遠し、専ら中華料理を漁った。相当の「通」になった。

それが、洋食屋を知るに及んで、洋食で焼酎を呑み、メシも済ますというコースが一番好きになった。それも1年ぐらいはハンバーグだけ。最近はビーフ・シチューに焼酎が定番。義兄は、有れば年がら年中、「牡蠣(なま)かフライ」だ。

ビーフシチュウは浅草に美味いところがあるが、向島のは味はおんなじで安いから、つい向島で足が止まることになる。2組の夫婦で飲んで食べて1万円だ。そんな店は都心には無い。以下「ウィキペディア」による。

洋食は、西洋料理をベースとして日本で成立した料理である。変容した理由については諸説あり、西洋料理の知識が不足していた時代に本格の料理を目指していたものの情報不足から変容を余儀なくされた結果誕生したという説、

「明治時代以降に西洋料理を習得した料理人が、必ずしも西洋料理のレシピに則らず、日本人消費者の好みに合うよう作り上げた『創作料理』的なもの」という説などがある。

そのため、母体となる西洋料理には見られないチキンライス、オムライスのような料理も少なからず存在する。

長年にわたり日本人に深く親しまれ、素材、味付け、ソースといったさまざまな部分において和洋折衷が試みられた結果、一部の料理は和食化している。例えば、豚カツは味噌汁・御新香とともに箸を添えて和定食として出されることが多くなっている。

西洋料理の特徴であるソースを洋食でも用いるが、フランス料理のような複雑多様なソースの体系は持たず、よく使われるソースの種類はある程度限られている。

トマトケチャップ、ドミグラスソースは定番の調味料である。ベシャメルソースを使用するなどフランス料理の影響も強い。

揚げ物にウスターソースをかけるスタイルは、この中で生み出されており、その影響でウスターソースを用いるだけで一銭洋食なる名称の食べ物も生み出され、これは後にお好み焼きへと派生していく。

また、ハンバーグや鶏肉などの調理法として醤油を利用した照り焼きがしばしば用いられるが、この方法は日本のみならず米国をはじめとする世界各国へと広がりを見せている。

パンの代わりにご飯を皿に盛り、料理をおかずとして交互に食べるという慣習も生まれた。従来の日本の食慣習に沿った方式ではあるが、この場合しばしば、ご飯は「ライス」と呼ばれ、茶碗に盛った和食のそれとは別のものとして扱われる。

同時にフォークの背にライスを載せ食べるという独特のテーブルマナーが醸成されていった。近年では誤りであるという認識が広まり、行われることは少ない。

これら洋食を出す飲食店は洋食屋と呼ばれる。昭和の高度成長期にはデパートの食堂も洋食を提供する代表であり、近年はファミリーレストランがその役割を一部担っている。

文明開化に始まる日本の近代化の過程では洋食はハイカラな存在であり、また、洋食に適した食材を供給する諸産業も成熟していなかったことから戦前・戦中の庶民にとっては高価なご馳走であった。

洋食が庶民の味として定着したのは戦後であり、食糧難もあって連合軍からもたらされた西洋風の食糧を食卓に受け入れざるを得ない事情もあった。

こうして徐々に定着した西洋風の食習慣が高度経済成長期以降、国民所得の増加及び食文化の変化とともに家庭へと普及し、現在では日本の家庭の食卓をかざる惣菜等として定着するにまで至っている。

こうして洋食そのものが家庭の味として定着し、いまや多くの人にとって和食と同様に日本の食文化として位置づけられるに至っている。

一方で洋食で多用される畜産物を生産するためには大量の輸入飼料が必要になり、洋食の普及が食糧の自給率低下をもたらす要因のひとつにもなっている。

また、和食と比較して乳製品や油などを多用することから高カロリーな料理となる傾向があるため、中高年を中心に洋食を敬遠する傾向も見られる。

さらに、健康志向の高まりを背景に和食を軸にした日本型食生活へと回帰する動きも大きくなりつつあり、国が推進する「食育」においても洋食的なメニューが軽視されることが度々である。

今後はこうした食生活の変化に適合していくことが洋食の将来を左右することになるであろう。2010・2・14

この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック