2010年05月08日

◆かくて誰も居なくなった

渡部亮次郎

<この島をリーダーのいない極東の孤島にしたいのか。そんなことないですよね。つぎは誰が最適か、ベストではないが誰がベターか、密かな思いはあるはずだ。決まってから、ああでもないこうでもないとケチつけることで口を糊するのは後出しジャンケンのようなものだ。フェアではない。

ここはひとつ、ど素人なのでよく分からないが、プロは当然のこと、追っかけ素人も「辞めろ」というなら、「辞めさせて、菅にしろとか、舛がいいとか」、はっきり個人名を挙げて宣言してもらいたいのである。それがプロの最低限の見識・責任ではないのか。>石岡荘十(「頂門の一針」1906号=5月5日)

私も素人だが、正直言って私には指すべき適材が無い。最大唯一の権力者のなるのが普通だが、この人は日本の将来なんか考えていない。中国と韓国に尾を振ることしか考えていない。

民主党に人材が無いのは、戦後、ほぼ一貫して政権を執りながら、日教組を潰せず、人材育成を怠ってきた自民党の怠慢である。

怠慢に留まらず、政治家各々が、自己の権益固守に終始、有為の人材を自党に取り込めなかった。その罪は末代まで祟る国家百年の大計を過ったのである。

歴史を教えない、世界情勢に目を瞑らせる。国旗、国歌を尊敬しない。自国の尊さを教えず、自らを卑下するばかりを教える。近くの区立毛利小学校には日の丸の旗の翻った事は1度も無い。完全に日教組に支配されているのだ。

中学も、高校も同様。如何にすれば国家が富み、繁栄するかを目指すよ
り、個人の都合ばかりを考える少国民。それが大学に入っても勉強もし
ない、学生らしい、瑞々しい感覚が失われているから、学生運動も起こせない。教わるのが「予備校文化」。最少の努力により最高の得点を挙げるテクニック。夢も理想も無い。

昔の左翼学生は法曹界と医学界に逃れた。その中の弁護士たちが反体制の思想を隠して政界の潜り込んだのが民主党。これをこうしたのが自民党の最大の罪である。

政治に目覚めた有為の青年の目指した松下政経塾の殆どが民主党に偏った。自民党が門戸開放にチャレンジしなかったからである。

そういう彼らは先の大戦の生き残り。荒々しい肉弾戦を潜り抜けてきた人物たちだから、度胸も有ったし、胆力もあった、快刀乱麻の難事処理能力にも優れていた。敵に対して老獪な出処進退も出来た。

戦後の30年ぐらいは自民党も社会党も戦争生き残り派で国家再建に尽力できた。しかし、その時、彼らは後継者の育成を忘れた。そのためには教育の再興、日教組殲滅が不可欠である事を忘れた。

全てをご都合主義で見送った。

かつて中南米の某国大統領を表敬訪問した際、大統領が言った。「お国には自民党という政党があって、優れた経済成長を続けているらしい、何とか自民党を輸出してくださらんか」。

あの頃、経済の右肩上がりのころだ。しかし、これに関して既に後継者養成によって「次代」を考慮すべきだったのに、自民党はただ、酔っていた。自己権益の墨守に専念して居るだけだった。

石岡さんは先輩である。「おまえ、偉そうなこと言うんじゃないよ、
もっと現実論を言えよ」と言うお叱りの声が聞えてくる。

以上の如く、いまやわが国政界に有為な人材は無い。岸の孫、福田の息子失格。それなのに吉田の孫を出して究極の失敗。民主党に渡したら、鳩山の孫だという。やらせてみたら白痴だった。これしかないのは偶然ではなく必然なのである。誰もいなくなった。

とはいえ、もはや自民党という戦後日本に責任を持った政党が誤った「国家百年の大計」をしてしまった以上、この先100年の命運は決ってしまった、と言うしか無い。2010・5・7

■本稿掲載5月8日刊全国版メルマガ「頂門の一針」1909号のご紹介

<目次>
・かくて誰も居なくなった:渡部亮次郎
・英国総選挙、保守圧勝ともならず:宮崎正
・鳩山首相の主観的「誠意」と国家解体方針:阿比留瑠比
・フォークランド沖合で英国が油田を発見:宮崎正弘
・幸田文の「父の周辺」:平井修一
・不磨の大典----善意に滿ちた迷惑なこと:上西俊雄
・話 の 福 袋
・反     響
・身 辺 雑 記

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