2010年05月10日

◆失敗多いほど秀麗

渡部亮次郎

凡人の一生は、ひょっとすると失敗の積み重ねかもしれない。

小中高と試験の連続。面白い事にしくじった問題に関する限り正解は一生、忘れない。落第を恐れるから、なるべく失敗しないように勉強はするが、本質的には失敗を恐れてはならないのだ。

小さい時から家庭教師をつけられ、正解ばかりを教えられ、覚えてとうとう、大学を終えると、失敗した時に、事態への対処の仕方が分からない。教わらないから、回答を知らないのだ。

それなのに、よせばいいのに政治家になり、あまつさえ、いきなり総理大臣になって一つの正解も出せないまま生き恥を晒しているのが鳩山だ。

私が秘書官として仕えた園田直(そのだ すなお)=故人は、晩年こそ華やかだったものの、失敗の連続のような生涯だった。

生まれたのは天草(熊本県の島)の元庄屋。旧制中学を卒業後、父親の希望で大阪に出て歯医者養成専門学校(現在の大阪歯科大学に入ったが、医者はどうしても厭で、京都武道専門学校へ。

そこで恋愛して一子(男児)が生まれる。妻子を実家に預けて中国へ出奔。そのうちに対中戦争。そこで血書志願して陸軍へ。その後、大東亜戦争後に出来た陸軍落下傘部隊に志願。長男は採用しないのを無理に入る。

パレンバンへ日本最初の落下傘部隊として降下するべく、途中までは船で異動したが、アメリカの魚雷に沈められて果たさず。そのご陸軍飛行隊所属のパイロットとなる。

敗戦直前、札幌で天雷特別攻撃隊(特攻隊)の隊長任命され8月13日に飛び立とうとするが、沖縄方面、悪天候の為、17日に延期命令。しかし、15日で敗戦。生き残ってしまった。

ここまででも気付くように、彼は「死」を所望するような青春を送る。それが結果的に「生」を与えられたような「その後」となる。村長から衆議院議員となり連続当選15回。


途中で日米安保条約の批准に反対票を投じて除名。初入閣は他人より相当遅れたが、官房長官、厚生大臣(2回)、外務大臣3回と輝かしく生きた。

失敗からすべてを修得した。だから得た経験は濃密だ。比ぶべくも無いが鳩山の経歴などは「無」に等しい。口先、理屈の人生であって、世にしごかれたことのない半生は、血の通わぬ経験でしかない。

沖縄問題を根本的に解決できない事を知らずに「弄る」だけしたものだから、とうとう命取りになるところだ。気付いて逃げ出しても行く先は無い。

しかも2度目の結婚で子供は既に5人もいたが松谷天光光なる野党の女性議員と恋に落ち、懐妊させる。そこで妻子と別れ松谷と結婚。封建的な土地柄と思われがちだが、天草は園田を落選させなかった。

「野戦に出て二股の途がある。左せんか、右せんか。綺麗な方へ進むと必ず敵が待ち伏せしていた。だから迷った時は悪い途を選ぶ。

部下を1人も死なせなかった。天光光のときも、こっそりと人工中絶させるという安易な道を選んだら、後にばれたら、そのほうが命取りだったろう」。

失敗や困難を恐れてはならない。そんな事は家庭教師も大学院も教えない。だから学歴で政治はできない。(敬称略)2010・5・8
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