2010年05月11日

◆ウスターソース未経験

渡部 亮次郎

日本で使用されているウスターソースは、イギリス産の物とは材料も異なり別物である。日本産は果実と野菜、スパイスが主原料であるのに対し、イギリス産はアンチョビも主原料として使われており、そのため魚醤に似た味がする。

日本産が揚げ物などにかけて食べるのに対し、イギリス産は、シチューやスープなどに数滴落として風味をつけたり隠し味として使用されることが多い。

このような事になった理由は、ウスターソースが、たまたま日本の醤油に似ていた事から西洋風の「新味醤油」などとして一般化したためである。日本ではその後、このウスターソースに派生する形で、とんかつソースや中濃ソースが考案され、広く普及するようになった。

日本でウスターソースは細分化されて各種が存在すると共に調味料としての使用量は多く、飲食店や家庭で使用される。調理中に使用される他、醤油差し(ソース差し)で食卓上に並べられていることも多く、日本の家庭や大衆食堂では、単に「ソース」と言えばウスターソースのことを指すほど日本に定着した調味料となっている。

日本にウスターソース類が登場したのは明治時代である。ヤマサ醤油の7代目濱口儀兵衛が米国遊学時代に独自のソース製造の構想が生まれ、8代目濱口儀兵衛が研究を重ね、1887年、米国で「ミカドソース」の名で販売を開始。

同時に、国内向けには「新味醤油」の名で発売された。しかし、一般の人びとには味が馴染まず、1年ほどで製造は中止された。

また、現存する最古のソースメーカーである神戸の阪神ソースは、創業者である安井敬七郎が1885年に開発販売(一般ルートによる発売は1896年より)したソースを日本最初のものであるとしている。

時をほぼ同じくして、1894年に大阪では「三ツ矢ソース」が発売され、やはり「洋式醤油」(「洋醤」)と呼ばれた。

さらに、1905年には関東地方で「犬印ソース」(現ブルドックソース)が、1908年には中部地方で「カゴメソース」が生まれ、明治後期になると全国的にソース製造業が勃興した。

こうして、「ソースといえばウスターソース」という認識が日本において定着していくことになった。これらの初期のソースは、現在の狭義のウスターソース、つまり粘度が低いサラサラしたソースのみであった。

戦後まもなく粘度の高いとんかつソース(濃厚ソース)ができ、その中間の中濃ソースが昭和30年代に登場した。この中濃ソースが誕生した頃から、日本の家庭の食卓が洋風化したのに伴い、消費量が拡大し、多くの家庭に常備されるようになった。

(東日本では中濃ソースが、西日本ではウスターソースが普及した)。家庭だけでなく、大衆食堂では、醤油とともに食卓上に常備されていることが多い。

私は秋田県の寒村に生まれ育ったから、ソースなるものを全く知らないで育った。初めて見たのは大学の食堂だった。しかし、味には馴染めなかった。

浅草や向島の洋食屋へ行っても使わない。上野のとんかつ屋では特製のソースを販売しているが、私がとんかつに掛けるのは醤油である。ちょっと恥ずかしい。2010・5・10

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<目次>
・ポイと先送りの舟に飛び乗る:古澤 襄
・アメリカは北朝鮮崩壊に備える:古森義久
・ネパールに政治的断崖の危機:宮崎正弘
・「人斬り以蔵」と坂本龍馬:平井修一
・ウスターソース未経験:渡部亮次郎
・話 の 福 袋
・反     響
・身 辺 雑 記
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