2010年07月15日

◆内務省って知っている?

渡部 亮次郎

敗戦時、国民(小)学校4年生だったから、私は知らない。だが公選によって初代に選ばれた秋田県知事が、それまで内務省から派遣された知事と教わって、その存在を初めて知った。

長じて、出版物の伏字とか、流行歌の発売禁止の歴史を知るに及んで、内務省、内務官僚とは、如何に大きな権力を握っていたかを実感した。それが「ウィキペディア」で簡単に学ぶことができた。

第2次世界大戦前まで内務省は日本での総合的な官庁であり「官庁の中の官庁」とも呼ばれた。日本の底力は内務省にありと睨んでいたマッカーサーはこれを「目の仇」とし、指令によって1947(昭和22)年12月31日廃止した。

自治事務次官を経て日本テレビ社長から読売新聞社長になる小林与三次らが抵抗組の最終勢力だった、とご本人から伺った。

1873(明治6)年に設置され地方行政・警察・土木・衛生などの国内行政を担った。内政・民政の中心となる行政機関であったため、長である内務大臣は内閣総理大臣に次ぐ副総理の格式を持ったポストとみなされていた。

後に総理大臣となる中曽根康弘やその官房長官となる後藤田正晴は「内務官僚」だったことを誇りにしていた。大蔵(財務)官僚よりも威張っていた。今の財務・産業官僚の比ではない。

大久保利通を内務卿として設置された当初は、のちの所管事項に加え、殖産興業や鉄道・通信なども所管し、大蔵・司法・文部三省の所管事項を除く内政の全般に及ぶ権限を持っていたのだ。

その後、農林・運輸・逓信など各省が独立し、内務省の所管は大正期には地方行政・警察・土木・衛生・社会(労働)・神道(国家神道)などといった分野に限られるようになった。

各県の知事は内務官僚が派遣されて務めた。知事は本省に帰るとようやく課長になったとか。

このように、戦前各省の総合出先機関的な性格が強かった道府県庁を直接の監督下においていたため、地方行政を通じて各省の所管事項にも直接または間接に関係し、内政の中心としての地位を保ち続けた。

満州事変や日中戦争など戦時色が濃厚になると、防空事務・国土計画を所管に加えたほか、国民精神総動員運動などの国民運動の中心ともなった。1938年には外局であった衛生・社会両局が厚生省として分離されたが、当時の人事は内務省と一体のものとして運用されていた。

1910年代から1930年代にかけては政党員が内務大臣に就任したり、内務官僚出身者が代議士に転身して政党幹部に就任したりすることで省内に大きな影響力を与えた。

一方、自党が選挙に有利になるように反対する省幹部や知事らを更迭して自党を支持する官僚を後任にあてる人事を頻繁に行うようになり、政権党が変わるたびに大規模な人事異動が行われて「党弊」とも呼ばれた。1925年に治安維持法が制定されると、特別高等警察の元締として多くの事件を引き起こした。

1930年代に軍部が台頭すると、それと結んだ革新官僚が政党の影響力を排除した法改正を行うなど、独自の政治力を持つようになる。一方、軍部が地方行政や警察への介入を図ったために、双方の間で権限争いも生じた(ゴーストップ事件など)。戦前の北海道庁・樺太庁・警視庁、各都道府県の特高警察は内務省の下部組織であった。

内務省の内務次官、警保局長、警視総監は「内務省三役」と称された重職で、退任後は約半数が貴族院の勅選議員に選ばれた。

敗戦後、GHQは特別高等警察や政府による検閲、いわゆる国家神道の廃止を指示、さらに内務省のもとでの中央集権的な警察制度の全面的な変革を求めた。また、警察関係を中心に公職追放の対象となる官僚が続出した。

1947年5月3日に施行された日本国憲法は第8章を地方自治として定め、それまで内務官僚が就任していた都道府県知事は公選となるなど、地方行政の大きな転換がなされた(ただし、公職追放との絡みもあり、1945年の段階から内務官僚以外からの知事の政治任命が進んでいた)。

同年末、GHQの指令により内務省は廃止され、74年余に及ぶその歴史に幕を閉じることとなった。

かつて内務省がになっていた業務は多岐に亘るが、現在では主に、地方行政部門は各都道府県、および自治省とその後身の総務省に、警察部門は国家公安委員会・警察庁に、 土木部門は建設省を経て国土交通省に、

衛生・社会部門は対米戦時中に分離した厚生省(およびのちに厚生省より独立した労働省)の後身である厚生労働省に、 それぞれ担われている。今日、特にこれらの省庁を指して「旧内務省系官庁」と呼ぶことが多い。

自民党時代の歴代官房副長官(事務)は殆ど旧内務省系官庁以外からは選ばれなかった。

また、1945年10月、GHQの覚書を受けて当初返還財産の受領機関として設置された内務省調査部(内務大臣官房調査部)の業務は、内務省調査局(1946年8月 ― )、内事局第2局・法務庁特別審査局(1948年)を経て公安調査庁(1952年)に引き継がれた。

神道を統括した外局の神祇院(神社局の後身)の業務は宗教法人である神社本庁に引き継がれた。(文中敬称略)2010・7・9
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


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