2010年08月05日

◆現代は姨捨山(おばすてやま)か

川原俊明

約1000年ほど昔の日本の説話「大和物語」。そこには、姨(おば 老女)を、山に捨てた男が、名月を見て後悔に耐えきれず、翌日連れ帰った、という話が残されています。貧しかった昔の日本には、家族の貧困に耐えきれず、やむなく老人を捨てる風習が、あったのでしょう。
 
現代の日本。

厚生労働省の役人ですら、高齢者のことを「後期高齢者」等と平気で名付け、高齢者を切り捨てています。姨捨山に老女を捨てた男でさえ、後悔して、翌日連れ帰った、といのに。人情の薄さを露呈する現代社会。

しかしながら、お年寄りは、私たちのルーツであり、私たちの行き着くところであります。若者だって、いつかは、年をとっていくのです。

日本の経済成長を支えてきた人たちに対し、働けなくなった年寄りとして、不要品扱いするのは、「人間のくず」です。

最近、東京都に住民票を置く男性の最高齢者とされる111歳の人が、白骨死体で見つかった事件がありました。それも数十年前に死亡している事実が判明。ところが、家族の供述も、二転三転。事実を隠蔽していると疑われても仕方のない状況です。

どこに問題があるのでしょうか。

一つには、昔の大家族制のように、お年寄りを中心とした家族のきずなが、崩壊しているのでしょう。儒教など、祖先、先達、先輩、年配をいたわる思想が、日本から消えてしまったのでしょうか。

アメリカ仕込みの個人主義の悪いところだけを真似してきた戦後教育制度。お役所の、形だけの高齢者対策。心を失った政治のなれの果てが、この問題の根源にあります。

心を失った人間関係も・・・。心の復活が、今、日本に求められています
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