2010年09月21日

◆未亡人になったマドンナ

石岡 荘十

数日前の夕刻、携帯電話に女性から電話があった。

「わたし、分かります?」
「どなた?」
「洋子です、高崎の」
「あっ!」

だが電話の声は落ち着いた低音だし、あのころどちらかと言えばソプラノの澄んだ声だったあいつとは思えない。なによりオレの携帯電話の番号を知っているはずはない。で、「○○洋子さん?」と旧姓を問うと、「えヽ、あたしです。びっくりしたでしょう」

高崎市に同級生が溜まり場にしているスナックバーがあって、そこのママは洋子の後輩だった。聞けば、昨年、旦那が癌で亡くなった後、ちょいちょい呑みに行っているうちに、

「あなたの話になって、懐かしくてAさんに電話番号を教えてもらったのよ」

Aはそのスナックの常連である。彼とは高校に1年生のとき、同じクラスで席も隣りあわせだった。以来、大学は違ったけど今日まで着かず離れずのポン友である。

洋子は中学校でAの後輩だった。あのころのヒットソングそのままの「亜麻色の髪の乙女」(作曲:すぎやまこういち、作詞:橋本淳)であった彼女はわれわれのマドンナであった。

そんな関係で、私が大学に通っていたころ、洋子が上京すると、在京の同級生何人かがカネもないくせにわっと集まって彼女を歓迎したものだった。

そのうちに洋子は、仲間の中から別の大学に行っていたBを選んだ。Bはまた私とは特別な親友で、高校時代には堀辰雄の全集を貸し借りする仲だった。

何度かデートの仲立ちをしたこともあったが、彼は卒業後、別の女性を選んで結婚。大学卒業後、土建会社に勤めながら作家を目指したが、若くして病に倒れ、逝った。

一方、洋子はBの結婚でやけくそになったのか、失意の中、見合いで地元の中学校教師と結婚、私との音信も途絶え長い歳月が流れた。その挙句の電話である。わかるはずがない。

「何でまた今頃になって電話したの」
と訊くと、Bさんの娘で作詞家・田久保真見さんの歌「再会」を聞いてびっくり。

「詩の内容がまるでわたしとBが別れたときの最後の情景とそっくりなの。まるで、Bがお嬢さんに話して聞かせたんではないかと思ったほどだったの。そんなことあるわけないのに。それで急に彼とは一番の親友だったあなたのこと思い出して---。真見さんのことを小さいときから可愛がっていたと聞いてたし---」

田久保真見は49歳。Bの長女で小さいときには海水浴に連れて行ったり、自転車の乗り方を教えたりした。結婚、離婚の相談にも乗ったことがあるが、父親の文学的なDNAを受け継いだのか、30歳くらいから作詞家として売り出した。

「涙の鎖」(作曲:浜圭介、歌:キム・ヨンジャ)はカラオケの人気ナンバーに入っている。最近では「再会」をキム・ヨンジャに、「嘘泣き」をジェロに、「いのちのしずく」を日吉ミミに、立て続けに提供している。

これら最近作ぼ入ったCD5枚を真見からまとめて送ってもらったばかりだった。丁度そのタイミングに、真見が書いた詩の曲を聴いたというマドンナからの電話だった。

「旦那が死んでから不良ババーになって、ときどき呑みに行くのよ。お会いしたいわ」ときた。さて、どうしたものか。

歳月は残酷である。彼女だけを見逃すはずはない。“亜麻色の髪”であるはずもない。未亡人となったとはいえ、半世紀以上前のマドンナと今会えば、昔の甘酸っぱい思い出は木っ端微塵に砕かれるに違いない。ここは考えどころである。

怖いもの見たさということはあっても、原節子にいまさら会いたいと思う老人はそう多くはないだろう。

♪「あなたならどうする」(作詞:なかにし礼 作曲:筒美京平、歌:い
しだあゆみ)  20100917

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