2010年11月09日

◆電器屋が演歌を殺した

渡部 亮次郎

何の気なしに入った高校は伝統のある県立校で進学校だった。息がつまってわざと不良ぶって授業をサボったりエロ小説を書いたりした。

そのことはたいがいの友人は知っているが2年の時、NHKののど自慢県大会に出場したことは誰も知らない。「チャペルの鐘」で合格したが、それ以上にはいかなかった。行っていたら今頃老残の元歌手だったかもしれない。

貧しい百姓家だったから柱時計はあったもののラジオはなかったし自転車もなかった。もちろん蓄音器(レコードプレーヤー)はあるはずがない、向かいの家は地主であったから子供のころからレコードをここで聴いた。

友人の長兄は農学校(戦後の農業高校)を出た人で歌好きだったらしく霧島昇、東海林太郎、渡邊はま子、藤山一郎、上原敏といった歌手のレコードが山のように有った。

私は毎日友人のところへ行ってはそうしたレコードを聴いた。垣根の外では兄が耳を傾けて居る筈だった。歌はすぐ覚えた。

民謡のレコードも多かったが、浪曲は全く聴かなかった。民謡には鳥井森鈴(とりい・しんれい)と言う隣町の人の秋田音頭というのがあって、いま振り返れば当然放送禁止の卑猥な文句が平然と唄われていた。

「あの税、この税、役場の税金息つくヒマもない。いっそこれなら有るものブチ売って、一発ぶっぱめて死んだ方ええ」。

酔えば今も唄う私の秋田音頭を余りに卑猥だから東京の友人たちは「替え歌だ」と言うが、おれの方が本物だ、諸君のは放送コードに引っかからないようにした「替え歌」だよ。お上品な進学生はあのころ秋田音頭なんか知らなかった。

アメリカから来た進駐軍は農地解放をやった。小作農は収穫米をすべて自分の物とすることが出来るようになった。農村は豊かになった。まず自転車があふれラジオが入った。そのラジオからは「流行歌」という名の演歌があふれた。

東京ブギウギなんてあらゆる束縛からの途方も無い開放感を唄いつくしてあまりあった。夜、家とは別棟の便所で声高らかに流行歌を歌った。
折角買ってもらった岩波の英和辞典をそこに落としたのもその頃である。

岩手県の盛岡で所帯を持った時、初めてレコードプレーヤーを買った。テレビにはまだ手が届かなかった。N響がやって来た時に聴いたモーツアルトのピアノ協奏曲20番や通学時に秋田駅で毎朝鳴っていたのはチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番だと確かめて生まれて初めてレコードを買った。

流行りはじめたステレオのLPだったが、流行歌はまだモノーラルだった。昭和36年に「川は流れる」を沖縄の高校生仲宗根美樹が巻き舌で唄ったが、今探してもあの曲はモノーラルのものしかないから間違いない。流行歌がステレオになるのは昭和39(1964)年ごろだったような気がする。

それから間もなく若い世代は流行歌を離れ、フォーク、ポップス、ニューミュージックに向かうので、流行歌は演歌と呼ばれるようになって今日に至った。またレコードはCDとかMDとかカセット・テープにとって変わられ、プレーヤーはラジカセに変わった。

そこで大変革が起きる。中年以降がCDの聴き方が判らないものだからCDを買わなくなったのである。これで演歌は最大の支持層を喪失した。しかもレコード会社は気づかない。

電器屋。ナショナルとかソニーとか東芝とか。彼らはラジカセが売れに売れるから気がつかなかったがラジカセを買っていたのは極く若い人たちだけであった。中年以降は買わなかった。実は私の姉や兄は今でもラジカセの操作が出来ない。

ラジカセではラジオもCDもカセット、今ではMDも聴ける、しかもラジオはAMもFMも聴ける、操作の仕方はこれこれ、時間予約はこうしてとと店員は説明した心算、こちらも聞いた心算だが、家に帰って来てさてとなると思い出せないのだ。大変だった。プレーヤを操作できないからCDを買うわけがない。

要するにテープならテープだけ、CDならCDだけを聞ける機械を作って売ればいいものを、あれもこれもくっつけるから中年以降には売れなくなったのだ。

しかも電器屋は電器を売り、音響屋はCDとかMDとかテープに詰めて音楽を売るけれども、買った人がそれをどうやって聴くのかなんかはどちらも考えない。

こんなにいい音楽がなぜ売れないのだろう、おかしいおかしいとばかり言っている。それが機能のありったけをくっつけて売った電器屋の罪、中年や老人を混乱させた電器屋の罪、それを分析していない自分たち音楽屋の落度と考えない。いずれにしろ演歌は最大の客を業界は失ってしまったのである。

NHKのラジオ深夜便で最大の呼び物は午前3時台の歌謡曲・演歌の時間である。ファンが多すぎて枠を2時間に広げなければならない時もある。またそれをテーマにした集いをどこで開催しても満員で、抽選に漏れた老人の嘆きがまた番組を賑わせている。

さすがレコード会社はこの番組をCDにして売り出しているが、番組への熱狂ぶりほど売れないのは不景気のせいとばかり考えて、複雑な録音再生器のためだとは気がついていない。

若者にとって便利な道具は年寄りにとっては実に不便なものだと言う事に電器屋やレコード屋が気づいた時、その担当者は既に定年退職して会社に居ない。

なぜそんな事を言うかというと、レコード会社の役員と喧嘩になったことがあるからだ。「それをレコード会社の責任にするのはおかしい」というから「売れないで困っているのはあなたがたの方だから電器屋に注文をつけないからだ。言ったらいいじゃないか」と言ったが聞かなかった。状態はあのままである。

ここ15年ぐらいは目の白内障だったから小遣いは専ら本よりもCD買いに費やしてきた。演歌、クラシック、俗曲、落語など手当たり次第だった。狭いアパートで置き場所に困り文句を言われている。

しかも今やもっと小さくて機能の優れたMDに時代は変わった。やがて時代はさらに進んでMDも古いことになるだろう。パソコンがあればCDもMDもDVDも家に置く必要はなくなるだろう。悔しいといえば悔しい。

尤も歌謡曲とか演歌とか、中年以上の年齢層に好まれる歌が流行らなくなったのには歌に「詩」やロマンが無くなったせいでもある。詩がすべて口語になったから詞はまるで「説明」であってロマンが欠乏している。

だから演歌を殺したのは嘗ての文部官僚だといった方がいいかもしれない。最後に棄て台詞「今に日本人は和歌が全く理解できなくなるだろう」。
〔了〕2004.02.07

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・ねあか、ぼちぼち、あきらめず:平井修一
・電器屋が演歌を殺した:渡部亮次郎
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・反     響
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