2010年11月15日

◆ホイッスルブローアーの功罪

石岡 荘十

「ホイッスルブローワー」(whistle-blower)は「笛を吹く人」。もともと「危ないぞ! ピッピッ」と笛を吹いて歩行者や群集に注意を喚起する英国の警官のことを指す言葉だったそうだが、今では転じて通報者、内部告発者と訳されている。

密告者という言い方をすることもあるが、これはどうも仲間を裏切る者という陰湿で暗い感じがして、もともとの意味とはかけ離れている、と思う。

“尖閣事件“の映像が流出したという第一報を聞いた今月4日、ピンと来たのはこの単語だった。そして、11月10日案の定、海保の保安官が「自分がやった」と告白をして大騒ぎになっている。

まだ、映像を誰が流出させたか明らかになっていないときから「犯人探しはすべきでない」とか「機密漏洩罪や場合によっては窃盗罪などで捜査、刑事手続きにのっとって厳正に対処すべきだ」、と大雑把に言うと世論は二つに分かれていた。

その後、YouTubeに映像を貼り付けたのが海上保安官だとわかった今でも両論に決着はついていない。判断の分かれ目は内部告発者をどう評価するかにかかっているといえるだろう。

日本国内で内部告発者をめぐる問題が世間の関心を呼んだ事件があった。

雪印牛肉偽装事件(2001年)だ。国外産牛肉を国内産牛肉と偽ることにより、農林水産省に買い取り費用を不正請求した事件だが、取引のあった西宮冷蔵会社「雪印食品関西ミートセンター(兵庫県)」による内部告発で牛肉の偽装が発覚した。

事件の影響で西宮冷蔵は取引先からの信用が激減するなどし、一時は廃業状態にまで陥ったが、その後カンパを募るなどし、2004年に営業を再開した。

この事件をきっかけに、2006年「公益通報者保護法」が与党(当時)だけの賛成で成立した経緯がある。
   http://law.e-gov.go.jp/announce/H16HO122.html

その第1条(目的)はこうだ。

<この法律は、公益通報をしたことを理由とする公益通報者の解雇の無効等並びに公益通報に関し事業者及び行政機関がとるべき措置を定めることにより、公益通報者の保護を図るとともに、国民の生命、身体、財産その他の利益の保護にかかわる法令の規定の遵守を図り、もって国民生活の安定及び社会経済の健全な発展に資することを目的とする>

つまり、公益のために企業の不正行為を内部告発しても、解雇などの不利益を受けないよう通報者を保護する法律であるとされている。

この法律ではまた、保護される通報者を退職者を含む労働者(公務員を含む)と定義しているが、通報内容は切迫性、確実性を強調するなど、気軽に笛を吹きにくい縛りをかけている。

ただもちろんこの法律が出来たころには公務員がインターネットに動画を貼り付けるような事態は想定外であり、万が一、今回の事件で通報者が逮捕、起訴されるようなことにでもなれば、この法律の解釈をめぐってややこしい法律論争を引き起こすことになるだろう。

それ以前に、問題の映像が機密事項なのかどうかも疑わしい。それでも事実上、法律家を自称する女房役が牛耳る内閣が「機密漏洩」「公務員法違反」を言い募るなら、法廷で決着するのも法治国家としては当然の手続きであるから、とことんやってみたらいい。

公益通報者保護法案について「もっと幅広く告発者を保護すべきだ」として反対していた当時の野党の対応が見ものである。いまのところ“漏洩”の動機ははっきりしないが、笛を吹いたノーベル賞受賞者を牢にぶち込むかの大国なみの失笑を買うことになるだろう。

あえて今回のホイッスルブローアー功罪を問うなら、国民に議論のネタを提供しただけでも彼の行動は評価されていい。ホイッスルブローアーを“密告者”とするような陰湿な受け止め方から、この際、脱却する絶好のチャンスである。         20101112


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