2010年12月19日

◆藤 純子がいいと三島由紀夫

渡部亮次郎
三島さんが1970年(昭和45年)11月25日、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地内東部方面総監部の総監室を森田必勝ら楯の会メンバー4名とともに訪れ、隙を突いて益田兼利総監を人質に取り籠城。

バルコニーから檄文を撒き、自衛隊の決起・クーデターを促す演説をした後、割腹自殺した(三島事件)、45歳没。

現在、忌日は、三島由紀夫研究会による憂国忌(主に九段会館)をはじめ、全国各地で民族派諸団体が追悼の慰霊祭を行っている。

事件のおよそ10か月前、正月頃だった。東京・赤坂にあった「岡田」という料亭で、初めて三島さんを見た。2階の座敷で、その後官房長官や外務大臣に出世する園田直氏と三島さんを対談させたら面白かろうと新潮社出版部長の新田敞(ひろし)さんが言い出して、簡単に実現したのだ。

「対談」は園田氏の後援会報「インテルサット」(月刊)に掲載されることになっており、当時NHK政治部記者で園田氏と親しい関係で、私が園田氏の付き添い役の私。

三島さんにはかねて親しかったやはりNHK社会部記者で宇和島藩主伊達一族の末裔伊達宗克さんが付き添い。新田さんが司会役で対談が始まった。

共通の話題は剣道から始まったが、話は皇室から頽廃する世相まで広範にわたり2時間にも及んだ。成功だった。初対面とは思えぬ盛り上がりだった。

終わって酒の席になったが、二人とも余りアルコールは呑まなかった。ただ三島さんが、当時映画で『緋牡丹博徒』で初主演し、大ヒット。主人公「緋牡丹のお竜」こと矢野竜子役で人気を集め、シリーズ化され当代一の人気女優になった藤 純子を「あれはいいねぇ」と褒めちぎった。

その頃、六本木の和食の店で藤 純子が納豆ご飯を食べているのを見たことがあったので「先日、納豆を食べている藤 純子」を見ましたよと混ぜ返したら、三島さん真顔になり「渡部さん、美人が納豆を食っちゃいけませんか」といった。

三島さんにはかねて「ホモ」の噂があり、ボデービルや武道にこるのはそのせいだとも言われていたので、藤に拘る三島さんを不思議に思った。

そのうちに三島さんが居ずまいをただし、園田氏に切腹の作法を尋ねた。園田さんは切腹の仕方に三通りの作法があるなどと知識を開陳。三島さんは神妙に聞いていた。この10ヶ月後に冒頭の事件は起こった。

<総監室に戻った三島は、森田必勝らと共に「天皇陛下万歳」を三唱したのち、恩賜煙草を吸い、上半身裸となり「ヤアッー!」と叫び自身の腹に短刀を突き立てた。この時、介錯人の森田は自身の切腹を控えていた為か、手の震えで二度も失敗してしまい(刀も曲がってしまったともいう)、剣道有段者の古賀浩靖が代わって一刃の元に刎ねた。

続いて切腹した森田必勝の介錯も行なった。警視庁牛込署の検視報告によると、三島は臍下4センチほどの場所に刀を突き立て、左から右に向かって真一文字に約13センチ、深さ約5センチにわたって切り裂いたため、腸が傷口から外に飛び出していた。さらに、舌を噛み切っていたことも報告されている。

ノーベル文学賞候補として報道され、多方面で活躍した著名作家のクーデター呼びかけと割腹自殺は、日本だけでなく世界中で注目を集め論議を起こした。>「ウィキペディア

事件について当時の佐藤栄作首相は「気違い沙汰だ」と吐き捨てた。園田氏は「まさか切腹する為に訊かれたとは思わなかった、小説の材料になるのだとおもったから丁寧に教えた」と嘆き、葬儀には国会議員でただ一人参列した。

伊達さん。<1970年11月25日に交流のあった作家三島由紀夫から間接的に、サンデー毎日の記者だった徳岡孝夫と共に、遺書と檄文を受け取り三島事件の目撃者となった。

関連の編著書に『裁判記録「三島由紀夫事件」』(講談社、1972年)がある。また徳岡と共に1984年、瑤子夫人にインタビューを行い、月刊誌『諸君!』(1985年1月号)に掲載した。

皇室担当記者として『天皇の外交』(現代企画室、1975年)を出し、1980年4月、ェ仁親王の婚約、1983年4月には容子内親王の婚約をスクープ。1984年に放映された「NHK特集 皇居」の、中心スタッフとして取材折衝に当たった。

1985年8月、NHKを定年退職、解説委員となったが、在職中に亡くなった。>(同)

新田さんも故人だ。だから岡田で出合った5人のうち、行き起こっているのは私だけになった。

藤 純子は富司純子(ふじ すみこ)となり女優、司会者として活躍中。夫は歌舞伎俳優の尾上菊五郎、長女は女優の寺島しのぶ、長男は歌舞伎俳優・五代目尾上菊之助。(同)
2010・12・18

◆本稿は、12月19日(日)刊の「頂門の一針」2128号に
掲載されました。他の卓見も拝読下さい。
        
◆<2128号 目次>
・藤 純子がいいと三島由紀夫:渡部亮次郎
・東條内閣の総理番:山堂コラム 349
・頑固幹事長の「踏ん張り」:岩見隆夫
・ウィキリーク日本関係は五千件以上?:宮崎正弘
・“衣の下に鎧”の中国:平井修一
・話 の 福 袋
・反     響
・身 辺 雑 記

◆「頂門の一針」を購読(無料)申し込み御希望の方は
下記のホームページで手続きして下さい。
  http://www.max.hi-ho.ne.jp/azur/ryojiro/chomon.htm


この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック