2011年03月03日

◆拘りは投票日の大安

渡部 亮次郎

昔から保守の政治家がこだわったのは「開票日・大安」であって解散の大安ではなかった。世の移り変わりをつくづく感じる昨今である。

あれは昭和44(1969)年。沖縄返還交渉を審議するための第62臨時国会のさなか、佐藤栄作総理が衆議院をいつ解散し、投票日をいつとするかが注目される中、NHKは投票日は12月の何日とかと放送したが、これは私の反対を押さえ込んでの放送だった。

この時の自民党役員は幹事長田中角栄、園田直国会対策委員長と言う布陣。ポスト佐藤をめざして党内多数派工作に腐心している「角さん」に対して、園田は福田赳夫支持の立場。マスコミは角福代理戦争と揶揄した。

角栄は佐藤派大幹部。しかし園田の観るところ、佐藤に対しては相当、距離のある関係、とのことだった。角さんにすべて任せるという関係ではないと。

<たとえば佐藤の前で角栄は椅子に深く腰を下ろせない。浅く半分しか座れない、全くの主従関係だ、というのだ。そこで解散日はともかく、投票日はいつになるか。角栄の主張など佐藤が聞くわけない。

佐藤が決める大安のいつかが投票日となり、そこから逆算して解散日が決まる。佐藤さんはなんたって大安が好きだ。大学立法の採決強行を焦る総理に角さんが何度言っても納得しない。

そこで私が行って言ったんだ。「総理!今日は仏滅、明日が大安」そしたら「そうか」で納得したことがあったもの>(園田談)。

角栄幹事長を取材した方は政局運営上、幹事長の都合を優先して日にちを言う。ところが園田の言うのは、もっぱら佐藤総理の「大安」への拘りだけ。「あの人は角さんと違って大安に拘る。だから投票日は大安の12月27日。そこから逆算して解散は11月29日に間違いないッ」

しかし党運営の最高責任者たる幹事長、佐藤派大幹部の角栄に対して園田は国会対策委員長に過ぎない。その発言は軽んじられて没となった。

実際は園田の読みどおりになった。政治部長にこっそり呼ばれて訂正記事を書かされた。それが報道局長賞となった。貰った晩、誰も付き合ってくれなかった。自棄酒を呷り、目黒駅から雪道を歩いて帰宅途中、涙が出てきた。


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