2011年03月04日

◆脳卒中予防に半世紀ぶりの新薬(1)

石岡荘十

脳の血管がつまったり、破れたりして、そこから先の脳細胞に栄養が届かなくなって、細胞が死んでしまう病気、脳卒中。日本では、137万人(平成17年)がこの病気で治療を受けている。

この治療薬の一つワーファリンに代わる新世代薬「ダビガトラン」が日本でも4月から医療現場で使われる見通しとなった。脳卒中になりやすい高齢者にとっては、半世紀ぶりの朗報である。

ここでは、「ワーファリンの50年」と「新薬ダビガトランへの評価」を2度に分けて述べる。

脳疾患のうち、脳の血管が詰まるタイプを「脳梗塞」、脳の血管が破れるのを「脳出血」という。昔は脳出血が多かったが、最近は脳梗塞が多い。脳梗塞には次の3つの種類がある。

(1)脳の太い血管の内側にドロドロのコレステロールの固まりができ、そこに血小板が集まって動脈をふさぐ「アテローム血栓性梗塞」
(2)脳の細い血管に動脈硬化が起こり、詰まってしまう「ラクナ梗塞」
(3)心臓でできた血栓が流れてきて血管をふさぐ「心原性脳塞栓症」。脳卒中死亡の60%以上を占める。

このうち、(1)と(2)は、脳の血管そのものに原因があるが、(3)は元をたどれば心臓の不具合、多くは心房細動がその原因である。心房細動は心房がぶるぶる震える頻脈性不整脈の一つで、この病気になると、血液がよどんで固まりやすくなり血栓(血の塊)が出来る。

これが血流に乗って脳に達し、脳の血管を塞ぐ。心房細動をそのままほっておくと、5%の患者が脳梗塞になるといわれる。専門的には心臓病が原因の脳梗塞、「心原性脳梗塞」と呼ばれる。あの長嶋茂雄さん、小渕元総理がそうだったというのが専門医の間の定説だ。

心房細動が起きる原因については、加齢、高血圧、飲酒や喫煙、過労、ストレス、暴飲暴食、睡眠不足など不規則な生活等も原因であるといわれている。思い当たる人も少なくないだろう。

治療法は、血液を固まりにくくする「坑凝固療法」だが、そのために使われる唯一といっていい代表的な薬がワーファリンだ。

日本でも1962年から半世紀近く広く使われている。昨年発刊された「脳卒中治療ガイドライン2009」でも、心房細動を原因とした脳梗塞が含まれる心原性脳塞栓症については、その効果の高さからワーファリンが第一選択薬として推奨されている。

ワーファリンについてはこれまでに何度か、本メルマガで書いた。
http://www.melma.com/backnumber_108241_3286107/

「納豆は高齢者の天敵?」(2006年7月23日)
http://chomon-ryojiro.iza.ne.jp/blog/entry/2172769/
「ワーファリンにご用心!」(2011年2月26日)

ところが、ワーファリンにはいくつかの問題がある。その使いづらさだ。

まず、飲む量が多すぎると出血のリスクがあることから、プロトロンビン時間国際標準比(PT-INR)を定期的に検査(モニタリング)しながら、効果と安全性のバランスが取れた適用量(専門的には「治療域」という)を定めなければならない。ただ、年齢など個人差も多く、この適用量は厳密なもので無ければならず、決定が難しいとされている。

加えて、出血リスクが高まることから、手術や抜歯時の対応が難しい、専門医でなければ十分なコントロールが難しい。

また、納豆、クロレラ、青汁、抹茶などの食物や、薬物の影響を受けることなどから、患者が処方どおりきちんと飲まなければならないなど面倒な薬だ。中でも納豆は“禁忌”とされている。飲み忘れ、摂り過ぎも重大な結果、死につながるリスクを招く。

つまり、処方する医師→処方箋を正確に調剤する薬剤師→もらった薬を正しく服用する患者→そして患者は少なくとも月1の血液検査結果を医師に提供する。この連鎖のどこが欠けても、ワーファリンはその効果を発揮しない。それぞれのステップで無謬が前提となっている。

どこかでミスがあると、よく言われるようにもともと「すべての薬は毒」だから、例えば投与量を間違えたりすれば毒としての効果を患者にもたらすことになる。ワーファリンはじつは年寄りが綱渡りをするようなやばい薬なのである。

調剤過誤が起きたのは、2008年8月13日。東京・足立区の薬局で患者が持参した処方に記載されたワーファリンの1回量は、1mgの錠剤と0.5mg(合計1.5mg)とすべきところを、誤って1mgの錠剤と5mg(合計6mg)の錠剤を一包化してしまった。処方の4倍の過量投与だった。薬を服用した82歳の男性患者は9月9日の朝に容態が急変し、救急車で搬送されたが、死亡したというものだ。

警視庁の捜査一課は2009年4月29日になって業務上過失致死の疑いで強制捜査に踏み切った。

<薬剤師で弁護士の小林郁夫氏は、「薬剤師の調剤過誤が刑事事件にまで発展し、業務上過失致死罪に問われるケースは、昭和40年代くらいまでは散見されたが、最近では珍しい。(中略)完全に薬剤師のミスで過剰量が投薬され、それが原因で患者が亡くなったのであれば、業務上過失致死罪に十分問われ得るだろう」と話している。>(日経ドラッグインフォメーション 2010年8月19日)

まったく同じような“誤調剤事件”については、先日「ワーファリンにご用心!」で報告したとおりだ。私は薬局で薬を受け取る段階で確認して気づき、危うく難を免れた。
発売元エーザイによると、「この50年、ほかにも過剰処方、飲み忘れなどあった可能性はある」(志水健史PR部長)と認めているが、「一つひとつのケースの詳しい因果関係は把握していない」(同)という。

この半世紀、ワーファリンをほとんど独占販売してきたエーザイのこの5年の売上げ実績を見ると
2006年 63億円
2007年 68億円
2008年 79億円
2009年 87億円
2010年 95億円(見込み)
日本の高齢化に伴って確実に売上げを伸ばしていることがわかる。

事件が報じられていたのにもかかわらず、ワーファリンのこの使いにくさを克服されてこなかった。メーカーとしては、よく言う「ヒヤリハット」を報道された以外は把握していないというが、薬の添付文書に掲載する副作用は年々増えている。

このことは、何かがあって“改善”に努めた結果である。だが、それが充分だったかといえば、そうでなかったことを新聞沙汰になった“事件”が、実証している。競合品のない世界ではよくあることだ。これに代わる薬が、開発されていなかったからだろう。いま、独壇場だったジャンルに新薬が登場する。

次回は、その新薬ダビガトランについて述べる。20110302

■本稿は、3月4日(金)刊の「頂門の一針」2199号に掲載されました。
また本誌主宰・毛馬一三の「大坂を行脚していた与謝蕪村」も掲載され
ています。以下、3月4日号の<目次>を記載します。

◆ <目次>
・脳卒中予防に半世紀ぶりの新薬(1):石岡荘十
・言葉のごまかしが多すぎないか:加瀬英明
・中東の民主化ドミノより核拡散が深刻:宮崎正弘 
・平成の開国とは:MoMotarou
・大坂を行脚していた与謝蕪村:毛馬一三
・話 の 福 袋
・反     響
・身 辺 雑 記

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http://www.max.hi-ho.ne.jp/azur/ryojiro/chomon.htm




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