2011年04月09日

◆入院施設の早期確立

松永美佳子(医師)

日本人の死因の第1位となっているがん。死者数は毎年更新し、現在3人に1人ががんでなくなっている。がんは日本の国民病である。

医療が発達し、高齢であっても化学療法や手術を受けるがん患者が増えた。10年前には、80代でがんの手術を受けることはまれであったが、5年前にはそれが普通となり、現在では患者が望めば90代でも可能である。化学療法も同様であり、延命医療は留まるところを知らない。

現代医療の恩恵を受け、最高の治療を施されたがん患者は寿命を延ばし、一昔より長く人生を送ることが可能となった。しかし、一方でその多くは再発し、精神的にも肉体的にも過酷な戦いを強いられているがん患者が多数存在する。
化学療法や放射線療法、免疫療法など考えられるすべての治療が功を奏しない状態になる末期がん患者が日本人の3人に1人なのである。

がん患者の90%以上は病院で最期を迎える。約5%程度の人がホスピスと言われるがん患者の専門施設でお亡くなりになる。入院している末期がん患者は、ほとんどが充分な緩和医療を受けることがない。厚労省ががんの痛みを緩和させる重要性に気づき、その対策をうたい始めたのがやっと今である。これから先の計画が発表されたに過ぎない。

日本では、麻薬に対する知識が少ない医師が多く、がんの痛みに麻薬を使うことをためらう風潮が根強い。痛みはがまんするものという昔からの誤った認識が現在でも一般的だ。麻薬の使用量は欧米に比べはるかに少ない。

がん末期の症状は痛みだけではない。麻薬による副作用をうまくコントロールされないでいる患者は多い。副作用による吐き気。腸閉塞による吐き気、嘔吐。呼吸困難。便秘の苦しみ。全身倦怠感。過剰な点滴による浮腫。

様々な身体症状に患者は苦しむ。そして、死に直面する精神的苦痛。このような苦痛を持ったがん患者は、延命治療がすべてであった現代医療からは取り残されてきた。医療の関心は全く注がれなかった。病院の中でも孤独な存在である。

通院する多くのがん患者もまた同様な医療環境の下に置かれている。次第に通院が困難になる患者。何時間も待って、3分で終わる診察。何週間に1度の診察の間に病状が悪化し、食事もできず痛みに苦しんでいる患者は多い。医療の目の届かない家の中で瀕死の状態になっている末期がん患者が非常に多いのである。

病院の中にいても、通院していても目の届かない末期がん患者。末期がん患者は無医村状態である。
日本の医療は本当にこれでいいのだろうか?

我々は今、在宅ホスピスに取り組んでいる。在宅ホスピスとは、がん患者の様々な苦痛を自宅でコントロールし、最期まで自分らしい人生を家族とともにすごしていただくことをサポートする医療システムである。末期だけではなく、自宅で療養しておられるがん患者すべてが対象だ。

今、我々のまわりには、家に帰りたいと希望されてクリニックを訪れる患者が増えつつある。医師や看護師の訪問を受け、24時間、365日体制で医療のサポートを受けながら自分らしい生活を家族とともに過ごされる方が増えている。

介護力が不足し、最期は再入院される方もおられるが、多くの方が家族に見守られ、人生の最後をご自宅で迎えられている。孤独にさいなまれながら病院の天井を見つめる生活ではなく、自分らしい、人間の尊厳を保った人生の最期を迎えることは誰もが望むことではないだろうか。

患者の苦痛を側で受け止め、目の当たりにし、看病される家族の負担は計り知れないが、患者にとって一番大切な家族が常に患者のそばに存在し、愛する家族をこの世から送り出す。死をすべて病院にまかせてしまった現代の日本人。死を見つめ、死を語ることをタブー視してしまった日本人が忘れていた大切なものがここに存在する。

延命ばかりが大切な医療ではない。いかに苦痛なく人生の最期を迎えるか、それをサポートする医療はがんが国民病となった日本にはなくてはならない医療である。

このような自宅での療養を支える医療は現実には数少なく、現状は厳しい。

24時間体制で重症な患者に対応するには、充分教育された医療スタッフが必要であり、多数の職種によるチーム医療が必要となる。このようなシステムを維持するにはかなりの経費が必要となるが、厚生省から支給される医療費は充分ではなく、経営維持は困難だ。

さらに、自宅療養を維持するには、家族の介護疲れ、急変時の対応、あるいは痛みなどの症状をコントロールするための短期入院は欠かせない。がん患者のショートステイを目的とした入院施設を考えると、さらに経営は厳しいのが現状だ。

病院に付属する緩和ケア病棟は数が少ない上に、担当する専門医や看護師が不足しており、充分な医療を提供できていない。経営的にも70%稼働率でやっと維持できる程度である。

一般病棟は、がんの末期医療に無関心であり、「なにもすることがない」と入院を断られることがしばしばだ。我々が創設したいと考えるがん患者の有床診療所は、全く経営が成り立たたず、全国的に見ても、手を出すべきではないと結論づけられている。

皆さんはご存じだろうか。

歯のインプラント治療は、入れ歯の代わりになる治療として世の中に広がりつつある。入れ歯のように取り外す必要もなく、自分の歯のように食べ物が食べられる。高齢者が増えていく中、大変ありがたい治療法である。歯を3本、インプラント治療すると、1時間あまりの治療時間で147万円必要となる。保険適応外で自費となる。

一方、有床診療所で、がんの末期患者一人を24時間体制で1ヶ月お世話をして得られる医療費は、30万円である。経営は全く成り立たず、末期がん患者を支えることはできない。

歯の治療もがんの治療も同じ現代の医療である。お金のあるものはインプラント治療が受けられるが、お金のないものは受けられない。がんの末期に人間らしい医療を受けることは、お金があってもなくても不可能である。これが、今の日本の医療なのである。

厚労省は膨れ上がった医療費を削減するために、医療改革関連法を成立させた。患者負担の引き上げ、診療報酬の引き下げ、国保料と介護保険料の引き上げ。

お金のないものは当たり前の医療さえも受けることが困難になる。また、病院での入院日数の短縮によって4兆円の削減を目論んでいる。2年後には入院患者を6割減らそうとしている。

手術や化学療法など積極的治療に歯止めがかかることはなく、患者が希望すれば、効果が期待されなくても高額な治療が行われている。そのほとんどは国が支払う医療費でまかなわれる。しかし、そのような治療が適応とされない患者、そのような治療を希望しない患者への医療は削減されるばかりである。

厚労省の打ち出す病院から地域、生活へという計画自体、間違いではないが、地域の実態は、病院から追い出された患者を受け止めることができる状況ではない。

地域の医療機能が低下している中で、行き場を失う高齢の入院患者やがん患者が大量に生まれ、今よりさらに家庭や地域の中で孤立する事態が予想される。

厚労省は、病床数の削減を一律に行うのではなく、がん患者を収容する病院や有床診療所の新たな設立を認め、365日、24時間体制でも経営が成り立つ制度および医療費を早期に現実化させなければ、これらがん難民を救うことはできない。

現場の苦悩を全く考えていない現在の医療法。国民病となったがんにかかっても、安心して人生を全うできるために、当たり前の医療を受けられるような日本になってほしい。

現場の最先端でがん患者に接する医師として目の前で苦しんでいる患者をみるにつけ、切に願わずにいられない。(再掲)

医療法人 永仁会 千里ペインクリニック 院長
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