2011年07月02日

◆俳句の醍醐味「本ものの俳句」

山尾 玉藻
                   
東日本大地震が発生して既に三ヶ月余りが過ぎた。しかし、未だに発見されていない一万人以上の行方不明者、福島原子力発電所で発生し続ける不穏なトラブル、余震により続出する被害など、日本国民の憂慮は深まるばかりである。

なにより、多数の罹災者に対して未だに充分な救済がなされていないことにこころが痛む。偶々この地震に遭遇しなかった私たちは、日本国民として人として自分なりにどのような援助が出来るかを考え、それを惜しむことなく続けていかねばならないであろう。

同時に、俳句に携わる者ならではの力添えもしていかねばならないと考える。
 
犠牲者や罹災者の中には多くの俳人もおられたことだろう。その方たちの無念を思うにつけ、変わりなく句会を持てる境遇にどうしても後ろめたいものを感じる。

しかしこんな時だからこそ私たちまでが意気消沈していてはいけないだろう。では今、俳人である私たちが成せること、成さねばならぬことは何なのだろう。

それはこれまで以上に俳句に真摯に向き合って真実の句を詠み、犠牲者の魂を慰め罹災者を少しでも励ますことではないだろうか。最近の私はそんな思いで自分を奮い立たせて「句会」に臨んでいる。

しかしその「句会」で地震を詠んだ作品に出会うとどうしてもこころが曇り、やりきれない虚無感に陥る。俳句に携わる者として地震を詠まずにはいられぬ気持はよく理解できる。

しかし、第三者的な心情をむやみに並べたてる表現には真実が伴わず、その表現に作者の真ごころが添っているとはどうしても感じられない。これでは折角犠牲者や罹災者を思って詠んだ句が何の励ましにもならないだろう。

「句会」の度にこのようなことを仲間たちと語り合っているが、ある時一人が「人間の非常時にあって俳句など所詮何の役にも立たないのではないのだろうか」と、失望にも近い思いを口にした。

しかし、そんな心配は無用なのである。非常時に俳句が水や食べ物にとって代われないのは論ずるまでもない。しかし、俳句がこころの糧となり生きる励みとなる時が必ずやってくるのである。

十五年前、そのことを「火星」の仲間たちが身をもって私に教えてくれた。平成七年、阪神淡路大震災で仲間の多くが罹災し、家族や家を失い、避難所生活を余儀なくされた。

ところが、彼らが避難所で辛い生活を送る中、徐々にある願いが込み上げて来たという。俳句仲間の安否を確認し喜び合う内に、それがささやかでもよいから「句会」がしたいという願いに変わったのである。

こんな願いが生まれるのは彼らにとっても予想外だったらしい。

そして震災から一ヶ月後、リュックを背負い、各所で寸断する電車を乗り継ぎ、思いがけなくも彼らが「句会」へ現れた。大きな喜びと驚きで彼らの姿が忽ち涙で滲んで見えなくなったことを、今も鮮明に思い出す。
  寒の水旨し生涯など一瞬   柳生千枝子
  避難所の夢に酢茎のありどころ    同
  蕗の薹声をだしてはうるみけり   浜口高子
  地震の夜の天狼星の確かなり    深澤 鱶
  水が出た出たよ鶯菜を洗ふ    杉浦典子
  波音の仮設暮しの年用意    田中呑舟
  被災せることには触れず鯊を釣る   同

一、二句目、人間の命の儚さや運命のむごさを嘆きながらも「寒の水」を旨いと思い、避難所で潰えた家の「酢茎」をしっかりと夢に見たりするなど、人間はつくづく強く逞しい。三句目、思わず口を付いて出たような受け身的表現が、こころの傷の深さを語っている。

四句目、受難の苦しさを赤裸々に述べたいこころを抑え、「天狼星」に全てを託して佇む姿が胸を打つ。五句目、長らくライフラインが途絶えていた中、待ちに待った水が使える喜びが素直な言葉に弾けている。

六、七句目の作者は八十四歳の独り暮しの男性である。楽天的とも見える仮設住宅での暮しぶりに、晩年になって襲った荒波さえも敢えて楽しもうとする達観の境地が窺え、大きな感動に言葉もない。
 
罹災した仲間たちの作品は読む者のこころをふるわせた。無論、大変な苦難に身を置きながらその思いを俳句に綴るまでには、それなりの時間が必要であったに違いない。

しかし逃げることなくその時間と付き合った彼らには、俳句を通して人と物ごとの真実がしっかりと見えてきたのである。俳句ごときちっぽけなものが、つい萎えようとするこころを明日へつなげていたのである。彼らは本ものの俳句を詠み、俳句の本当の深い味わいを私たちに教えてくれた。

さて三月末、私が主宰する俳誌「火星」への投句作品に、
  白木蓮の空いつぱいの祈りかな  藤田素子
があり、
過日の俳人協会主催「花と緑の吟行大会」では、
  みちのくへ空つながりて桜かな  田村春美
  陸奥の桜をおもふ桜かな   大山文子
の作品に出会った。

震災の爪痕の深さにこころ痛めた日本国民は、皆祈るような思いで青空を仰いだ。これらの作品には私たちの真の祈りとエールが言外に深く籠められ、この濁りのない音色は必ずや罹災者の下に届くことだろう。

  辛夷咲く空をもつとも信じをり   玉 藻
私なりのこころよりの鎮魂と励ましの思いを綴ってみた。
俳句誌「火星」主宰 


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