2011年07月05日

◆大震災で大活躍の「ドクターヘリ」

毛馬 一三

東北大震災の被災地の患者救済活動に、全国に配備されているドクターヘリ26機のうち、18機もが派遣され、活躍していたことを初めて知った。ドクターヘリなら救急活動に大挙急行しているに違いないと思っていたが、それ以上だった。

これが分かったのは、認定NPO法人「救急ヘリ病院ネットワーク」の國松孝次理事長から送られてきた「HEM−Net誌」の「2011年夏号・東日本大震災特集」を拝読したからだった。

何といっても、今度の災害に全国のドクターヘリネットワークから18機も出動したこと自体、全国ドクターヘリネットワークの機動力と迅速な救急救命活動、加えてその成果を実際に物語るものと云っていい。

理事長は、「大震災におけるドクターヘリの活動は、おおむねよく調整され、隔世の感のある成果をあげましたが、いくつか、今後の課題も残りました」と、初の災害時出動に対する所管の添え書きを付していた。

さて「同特集」だが、対談「現場から、災害時におけるドクターヘリのあるべき姿を考える」、「災害時の具体的活動概要」、「現場に出動したフライトドクター・フライトナースの体験談」などで満載されている。

中でも、「救急ヘリ病院ネットワーク」理事の益子邦洋氏が綴った「出動したドクターヘリの活動状況について」の下記の一文が、まず目を惹いた。

<今回の震災の特徴として、亡くなられた方の9割以上が津波によって溺死されたものであったため、急性期の患者の救命救急活動に当たるケースは少なかったが、低体温患者、挫滅症候群の患者、骨折の患者等に現地で治療を行い搬送するなど、ドクターヘリの機能を活かした活動を行うことができた>、と活動の実態を記している。

ところで、大阪ドクター大阪大学医学部付属病院 高度救命救急センター 医師 田原 憲一氏が「ドクターヘリ震災地出動」についての経験報告は、身に沁みる。

<大阪ドクターヘリの運行規定には、大阪大学特殊救急部の阪神淡路大震災の検証作業によって導き出された「災害時には広域搬送が必須である」という強いメッセージがこめられています。東日本大震災における大阪ドクターヘリの活動では、これまで粛々と進めてきた準備が大変役に立った面と、まだまだ不十分であったという面、両面が見えてきました。

大阪ドクターへリは、震災2日目の夜明けに大阪を出発しました。仙台市の自衛隊霞目基地を活動拠点の一つとして計4日間の活動です。急性期患者の域外搬送は計3 件で1例目は瓦礫に12時間挟まれ近隣病院を経由し救出後5時間で域外搬送を行ったCrush症候群と診断された高齢男性でした。

輸液療法を継続し経皮心ぺーシングを待機しました。その後日没となり、停電、断水に加えて厳しい寒さのなかで夜を明かしました。

翌日に2件の搬送。最初は転倒による頭蓋内出血で意識障害が遷延した中年男性でした。搬送前に痙攣発作を来したため呼吸、循環を監視しながらの搬送です。

次に骨盤骨折の創外固定術後と骨盤ガーゼパッキング術後の若年女性で循環動態は安定していましたが、子供2 人を津波で失っており患者の情報取り扱いに細心の配慮を行いました。

被災から72時間が経過し、消防、自衛隊からの情報提供によって、津波による傷病者の特性が阪神淡路と異なる事を実感しました。

被災3日目にはドクターヘリでDMAT(災害医療派遣チーム)部隊を現場投入する役割を担い、前橋赤十字DMAT隊員を石巻市立病院へ搬送し、我々の部隊も後に患者避難に関わりました。

被災現場では停電に加えて携帯電話を始めとする通信が遮断されており、衛星電話を使用して飛行プランの確認を行うのがやっとでした。

通信については、医療用優先通信の改善が必要と実感しました。一方で、いくつもの問題を解決してゆくなかで目的を一つにする医療スタッフ同士の連携が深まり以後大切な絆となっています>。

このほか、「フライトナースの経験報告」などに、現場経験したスタッフしか分からない救急活動の緊張度と困難性が溢れていた。

一方で、「複数のドクターヘリが運用できたことは素晴しいことであったが、常に情報不足での状態で、情報入手手段と情報共有化の必要性を強く感じた」と、今後の震災の場合の有効な活動を求める課題について、経験者としての切望も記されていた。

大震災全体の課題として、今でも情報の正確さと情報の共有化が強く求められている。このドクターヘリの救急活動の経験者の一語一語には、今後発生する大地震の救急救命対応の仕方を強烈に示唆していると見ていい。(了)
                     2011.07.04

◆本稿は、7月5日(火)刊全国版メルマガ「頂門の一針」2310号に
掲載されました。同誌の他掲載寄稿もご拝読ください。

◆<2310号 目次>
・これほど白けた記念日はなかった(現地報告):宮崎正弘
・左翼貴族の「上から目線は何なのだ」:古澤 襄
・原子力村復活、菅は屈服:山堂コラム 376
・大震災で「ドクターヘリ」大活躍:毛馬一三
・曽我祐次、85歳が「語る」:岩見隆夫

・話 の 福 袋
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