2011年10月31日

◆呆け老人の勘どころ

渡部 亮次郎

若い頃は「ぢぢいごろし」の記者といわれたのに、いつの間にか本人がぢぢいになってしまった。少子高齢化は言うなればぢぢいの時代。

国会に来て取材を始めた時はまだ28歳。それなのに相手は65歳以上の老人ばかり。それまで取材していた地方議会に比べたら圧倒的に老人の世界だった。

戦争から還って我先に国会議員になった人たちが、そのまま当選を続けているうちに、一斉に老化した時代に遭遇していたのである。

その子供たちが後継者として登場した時、自民党の凋落が始まった。創価学会の厄介になるに及んで、世論に見捨てられた。こちらも取材から完全に足を洗った。

老人たちの国会議事堂。中には戦前からの議員もいて、独りでは用便を足せず、うら若き女性にズボンにチャックを揚げ下げさせる場面にも遭遇した。その女性は今でも政界に大きな影響力を持っている。

衆議院には2階に閣員便所と言うのがあった。つまり大臣たちの便所である。追っかけの記者たちも利用が許されていた。或る時某社の記者がしゃがんでいたところ、閣僚2人が小便をしながら倒閣の相談。

中で記者が聞いているとは気づかず去ったが、聴いてしまった記者は飛び出して「特ダネ」を飛ばした、あの便所が閣員便所である。

伝説の便所を開けたら、鍵を掛けていない中で官房長官がズボンをずりあげているところだった。慌てて閉めたが、目が合ってしまったので、長いこと、バツが悪かった。

総理大臣は60代、衆参議長は70代、閣僚は60前という時代に、30代で初入閣を遂げたのが田中角栄。如何に出世が早かったか、分かるでしょう。

ところで、老人は経験が豊富、各所に繋がる人脈も多彩、貫禄十分。とにかく握っている情報の量が格別である。

ところが如何にせん、物忘れが次第に酷くなる。足元もふらつくようになる。政治家じゃなくてもこうなる。だから若者は老人を避けるように
なるが、反対だ。

政治家ほどお喋りの好きな人種はいない、ここだけの話だがナ、と言っていつまででも喋りたがる。しかしニュースにしてはいけない「オフレコ」をかまされては時には時間の無駄である。遠慮の要らない仲になってからは「ここ以外の話にしてよ」と持ちかけて、結局特ダネにしたこともある。

注意することが2つある。礼儀を正しくする。部屋の出入りの際は特別丁寧にお辞儀をしたほうがよい。

その次が最も大切だ。その話は何度目だとか、それは昨日あなたに私がいれた情報じゃないですか、などとは絶対言っちゃいけない。

こちらが昨日教えてやった情報でも、さながら初耳の如くきいていればいい。相手の老人はやがて、そのことに気づく。「こいつ、それに気づきながら黙って聴いている。参ったなこりゃ」と内心感心。

感心するだけでなく、畏敬の念すら抱くようになる。こうした老人を国会の中で4〜5人持っていれば特種記者になれる。岸信介、賀屋興宣、山口喜久一郎、重宗雄三、河野一郎、河野謙三、皆老人だった。

これは政界に限った話では無いだろう。老人はいつでも何処でも周りを支配している。これから世の中は老人は多くなり、邪悪な力を振り回すことも多いのではないか。

それに対して真正面から立ち向かえば、納まるものも納まらなくなる。従う振りをしながら、老人の面子を立てながら利用するようにしたほうが円く収まるように思う。敬称略。                              2011・10・29

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