2006年09月25日

スカートにかかった水

9月29日は日中国交正常化がなった記念の日である。これを卜して第5回9・29反中共デー東京大会が開かれることをご存知か。

<昭和47年9月29日、我が国は中共との国交を樹立しました。その日から30年以上の年月が過ぎましたが、我が国と中共との関係が正常かつ友好的であった事はありません。

靖国神社に対する冒涜、歴史教科書への介入、尖閣諸島への侵犯…、さらに東シナ海における海底資源の盗掘、我が国の領土である沖ノ鳥島の存在の否定、支那各地における反日侮日暴動…など、我が国に対する中共による主権侵害や内政干渉が繰り返されています。

さらに中共は、我が国からのODAや円借款など多額の経済援助によって、軍備を増強し、我が国をはじめ周辺諸国に軍事的脅威を与えています。「反日」「共産」「中華」の3悪国家である中共は、我が国にとって明確かつ危険な敵国です。我が国は現在、中共による侵略の重大な危機に直面しています。

我々は草莽の有志として、祖国の危機を坐視する事は、断じて出来ません。平成14年9月29日、所謂「日中国交正常化」30年の秋、我々は中共との国交断絶を勝ち取る為、第1回9・29反中共デーを開催いたしました。

第5回の今年は東京をはじめ、神奈川(横浜)、中部(名古屋)、関西(大阪)、九州(福岡)と各地において大会を開催いたします。
これは「中央での共闘」から「全国での連帯」の拡大であり、統合から連合への発展といえます。

「9・29反中共デー」の旗の下、「打倒中国共産党」「日中国交断絶」「中華覇権主義排撃」「まもれ!尖閣諸島」を声高らかに叫び、勝利を目指して、同志同憂各位が共に起ち上がり、共に闘う事を熱望いたします。

☆日時 9月29日(金)雨天決行
午前11時〜集会開始
正午〜デモ出発

☆会場 三河台公園 東京都港区六本木4の2の27
(六本木通り/俳優座の横)

☆合意事項
超党派の運動のため、次の行為はご遠慮下さい。
1)会旗の掲揚
2)車輛での参加
3)隊服の着用

☆主催
9・29反中共デー東京大会共闘委員会
事務局03-3918-9524(三澤浩一)>

<過去数十年にわたって,日中関係は遺憾ながら,不幸な経過を辿って参りました。この間わが国が中国国民に多大のご迷惑をおかけしたことについて,私はあらためて深い反省の念を表明するものであります。第2次大戦後においても,なお不正常かつ不自然な状態が続いたことは,歴史的事実としてこれを率直に認めざるをえません。>
周恩来総理主催招宴における田中内閣総理大臣挨拶(1972年9月25日)を私は人民大会堂=北京=で聴いていた。NHKを代表して田中総理に同行取材していたからである。
「中国国民に多大のご迷惑」を掛けたというこの「挨拶」を事前にわれわれ同行記者団(80人)はコピーを日本外務省から渡されて知っていた。多大な迷惑を掛けた、それはそうかな、とだれも問題にしなかった。
ところが周恩来総理初め中国側は、「飛んでもない」と怒り始めたのだという。だが、我々にはどよめきが聞き取れなかった。5000人の宴会。双眼鏡で取材していたのだもの。
当夜も翌日も、発表係りの官房長官二階堂進からは何の説明の表明もなし。帰国後、しばらくしてわかった。日中戦争状態について、日本側が「多大のご迷惑をおかけした」というのは「道で水撒きをしているおじさんが通りがかりのお嬢さんに謝る程度の科白」と周恩来が怒り始めたというのだ。
綸言汗の如し。角さんの発した言葉を訂正する事はできない。「嫌、本当に済まないと思っているんですよ」と翌日から外相大平正芳が何度も謝って、何とか事なきを得たそうだが、我々は全く知らなかった。
インターネットで「データベース『世界と日本』戦後日本政治・国際関係データベース 東京大学東洋文化研究所 田中明彦研究室」を見ることが出来る。
http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/JPCH/19720925.S1J.html

1972年9月28日、明日は共に上海に行くという日の夜、人民大会堂で田中総理の催した答礼宴会で周恩来総理は、何事もなかったように、次のように挨拶した。原文コピーを保管している。

<尊敬する田中角栄総理閣下  日本の貴賓のみなさま  友人のみなさま,同志のみなさま
今晩,田中総理閣下は宴会を開いてわれわれを心からもてなしてくださいました。わたしはこの席にいる中国の同僚を代表して,また,わたし個人の名において,総理閣下ならびに日本の貴賓各位に深い感謝の意を表します。
田中総理のこのたびのわが国訪問は,短期間ではありましたが,実りゆたかな成果をおさめました。
田中総理は毛沢東主席と会見し,一時間にわたって真剣かつ友好的な談話をおこないました。
われわれ双方は,数回にわたる会談をおこない,中日国交正常化の実現と双方がともに関心をもつ問題について,真剣,率直かつ友好的な話合いをおこないました。相互理解と小異をのこして大同を求める精神にのっとって,われわれは中日国交正常化に関する一連の重要な問題で合意に達しました。
われわれはまもなく両国間にこれまで存在していた不正常な状態に終止符をうつことになります。戦争状態の終結と中日国交の正常化という中日両国人民のこの長い間の願望の実現は,両国の関係に新たな一章を開き,アジアの緊張情勢の緩和と世界平和の擁護に積極的な貢献をなすでしょう。
わたしは,われわれの会談の円満な成功を熱烈に祝うとともに,田中総理ならびに大平外相が中日国交樹立のためになされた重要な貢献を高く評価するものです
われわれが成果をおさめることができたその功労は,われわれ両国人民に帰するべきです。両国人民はかならずわれわれの成果に大きな喜びを感じるものと,わたしは信じています。
この歴史的な時点に,わたしは中国人民を代表して,長期にわたり中日友好の促進と中日国交正常化の実現のために貢献され,はては自己の命を犠牲にすることさえ惜しまれなかった日本各界の友人に心からの感謝と敬意を表したいと思います。
中日両国は社会制度の根本的に異なる国です。しかし,われわれ双方の実りゆたかな会談が示しているように,双方が確信をもちさえすれば,両国間の問題は,平等な話合いを通じて解決できるのです。
われわれ双方が平和共存五原則を遵守しさえすれば,われわれ両国の平和友好関係は,かならず絶え間なく発展し,われわれ両国の偉大な人民はかならず子々孫々友好的につきあっていくことができるものと,わたしは信じています。
それでは,
田中総理閣下のご健康のために,
大平外相閣下,二階堂官房長官閣下のご健康のために,
すべての日本の貴賓のみなさまのご健康のために,
 ここにおられる友人のみなさま,同志のみなさまのご健康のために,
 中日両国人民の偉大な友誼のために,
 乾杯しましよう!>
(『中日関係史の新たな一章』外文出版社)
日中関係資料集
データベース「世界と日本」
東京大学東洋文化研究所
田中明彦研究室

http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/indices/JPCH/
この演説を振り返ると、現在の中国が、あの中国とは思えない。どちらかが嘘を吐いているのだ。不幸にも日中関係のウォッチャーに成ってしまった私からすると、この34年は日本が騙された34年間である。それでもなお「35年」の来年は日本から大挙して『記念に』騙されに行く、それが日本人だ。

日中国交正常化こそは田中角栄の最大の功績とされているが、当時、現場に記者として立ち会った私からすれば、角栄は日中が目的で政権を獲得したのではなかった。

角福総裁選で、三木武夫、中曽根康弘や当時ハト派若手グループを率いていた河野洋平ら親中派議員がキャスティングボートを握っており彼らの支持を得ようとせんとするのであればやむをえない面があったに過ぎない。

つまり「哲学」や「思想」があっての対中政策ではなかった。それをNHK−TVで指摘したら、総理側から抗議が来て、私はあっという間に地方へ左遷された。

如何なる事績にも寿命は勝てない。死んだのは周恩来が先で1976年1月、79歳。田中角栄75歳で1993年12月16日没。
(文中敬称略)
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