2006年09月25日

我、初めて中国の土を踏む

            渡辺亮次郎

「9月25日」がその日である。いまから34年前(1972=昭和47年)のことである。

その前に政府発表があった。放送の記者だった私には、新聞記者のような自分のスクラップ・ブックがなく、永らく不便をかこったが、PC時代の今は、外部に簡単に求められる。

[文書名] 田中内閣総理大臣訪中に関する二階堂内閣官房長官談話
[年月日] 1972年9月21日
[出典] 外交青書17号,537頁.
[全文]

 1. 田中総理訪中の最も重要な目的は,中華人民共和国政府首脳と会談することによつて,長い間,不自然な状態にあつた日中関係を正常化するためである。

政府としては日中間に善き隣人としての平和で友好的な関係を樹立したいと念願しているが,そのためにはまず,日中間の国交を正常化しなければならないと考えている。

日中両国はともに,アジアひいては世界の平和に大きな責任を有している。田中総理の訪中と日中首脳会談の結果,日中両国間に善隣友好関係を樹立する基盤が確立されることとなれば,アジアの緊張緩和,ひいては世界の平和にも役立つと考える。

 2. 日中国交正常化は,一衣帯水の間にあり,かつ歴史的にも深い関係にあるわが国と中華人民共和国との関係を通常の国と国との間の自然な関係にするための,いわば当然なすべき措置である。

政府としては,日中国交正常化を進めるに当つては,わが国と友好関係にある諸国との関係に十分配慮する考えである。

 3. 田中総理には,大平外務大臣,二階堂内閣官房長官のほか,49名が随行する。

田中総理は9月25日から29日まで北京に滞在し,29日北京から上海に向い,29日夜上海に1泊,30日上海発帰国する。

出典:データベース『世界と日本』戦後日本政治・国際関係データベー
ス東京大学東洋文化研究所 田中明彦研究室

私は正直、詳しく読んだのははじめて。

http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/indices/JPCH/

田中総理・周恩来総理会談記録
日本外務省アジア局中国課 作成
第1回会談 9月25日 人民大会堂
(第2回会談 9月26日・第3回会談 9月27日・第4回会談 9月28
日)

第1回会談 双方の出席者

日本側  田中総理大臣 大平外務大臣 二階堂官房長官 橋本中国課長

中国側  周恩来 総理大臣 姫鵬飛 外交部長 廖承志 外交部顧問 韓
念龍 外交部副部長

(注: 本会談記録は国交正常化当時の記録を改めて昭和63年9月タイプしたものである。)

第1回首脳会談(9月25日)

田中総理: 日中国交正常化の機が熟した。今回の訪中を是非とも成功させ、国交正常化を実現したい。

これまで国交正常化を阻んできたのは台湾との関係である。

日中国交正常化の結果、自動的に消滅する関係(日台外交関係)とは別に、現実に起こる問題に対処しなければならぬ。これをうまく処理しないと、国内にゴタゴタが起こる。日中国交正常化を実現するときには、台湾に対する影響を十分考えてやるべきだ。

国交正常化は、まず共同声明でスタートし、国会の議決を要する問題はあとまわしにしたい。

大平大臣: 国交正常化をなしとげ、これをもって、日中両国の今後長きにわたる友好の第1歩としたい。

また国交正常化が、わが国の内政の安定に寄与するよう願っている。この観点から2つの問題がある。

ひとつは日華平和条約の問題であり、中国側がこの条約を不法にして無効であるとの立場をとっていることも十分理解できる。しかし、この条約は国会の議決を得て政府が批准したものであり、日本政府が中国側の見解に同意した場合、日本政府は過去20年にわたって、国民と国会をだまし続けたという汚名をうけねばならない。

そこで、日華平和条約は国交正常化の瞬間において、その任務を終了したということで、中国側の御理解を得たい。

第2点は第3国との関係である。とくに日米関係は日本の存立にとり極めて重大である。また、米国が世界に多くの関係をもっているが、日本の政策によって、米国の政策に悪影響が及ぶことがないよう注意しなければならないと考える。つまり、日中国交正常化をわが国としては対米関係を損ねないようにして実現したい。

日中国交正常化後の日台関係については、日台の外交関係が切れた後の現実的な関係を、やることと、やらないこととのケジメをはっきりさせて処理したい。

周総理: 田中総理の言うとおり、国交正常化は一気呵成にやりたい。国交正常化の基礎の上に、日中両国は世々代々、友好・平和関係をもつべきである。日中国交回復は両国民の利益であるばかりか、アジアの緊張緩和、世界平和に寄与するものである。また、日中関係改善は排他的なものであってはならない。

田中・大平両首脳は、中国側の提示した「3原則」を十分理解できると言った。これは友好的な態度である。

今回の日中首脳会談の後、共同声明で国交正常化を行い、条約の形をとらぬという方式に賛成する。平和友好条約は国交樹立の後に締結したい。これには、平和五原則に基づく長期の平和友好関係、相互不可侵、相互の信義を尊重する項目を入れたい。

中友好は排他的でないようにやりたい。

戦争状態終結の問題は日本にとって面倒だとは思うが、大平大臣の提案に、完全に同意することはできない。桑港条約以後今日まで戦争状態がないということになると、中国は当事者であるにもかかわらず、その中に含まれていない。

私は、この問題を2人の外相に任せ、日中双方の同意できる方式を発見したいと思う。

「3原則」についても、この精神を反映させたいが、方式は2人の外相に任せたい。

日中は大同を求め小異を克服すべきであり、共通点をコミュニケにもりたい。

日米関係にはふれない。これは日本の問題である。台湾海峡の事態は変ってきているから、条約(日米安保、米華相互防衛条約)そのものの効果も変ってきている。

台湾問題にソ連の介入を許さないという点で、日米中3国の共通点がある。中国側としては、今日は日米安保条約にも米華相互防衛条約にも、ふれずにゆきたい。日米関係については皆様方にお任せする。中国は内政干渉はしない。(会談の2回目は26日)

当時、現地でも会談内容は一切発表されなかった。発表に来る二階堂長官は「真剣に」とか「率直に」とか言うだけで、外交に素人の小生にはチンプンカンプンだった。後に島会長の下で専務理事になる尾畑雅美外務省担当キャップは上手に繋いでいた。

田中総理が恥ずかしげもなく「日中国交正常化の結果、自動的に消滅する関係(日台外交関係)とは別に、現実に起こる問題に対処しなければならぬ。これをうまく処理しないと、国内にゴタゴタが起こる」と冒頭で述べているのは総裁選で唯一のライバルだった福田赳夫ら台湾支持派による妨害?を意識したものである。

そこで「国交正常化は、まず共同声明でスタートし、国会の議決を要する問題はあとまわしにしたい」と提案し、中国側も了承したのである。また、周恩来がそれまで口を開けば必ず非難していた日米安保条約について「触れない」と断言した。

この点は、田中訪中の瀬踏み訪中をした公明党の竹入委員長に予め約束していたことではあったが、極秘とされていたので、共同声明の発表まで、我々は知らなかった。

周恩来が「日米安保条約にも米華相互防衛条約にも、ふれずにゆきたい。日米関係については皆様方にお任せする。中国は内政干渉はしない」と言い切ったのは、中国も対日関係の正常化を急いでいた最大の証拠ではないか。

60年代に入ってからの佐藤(栄作)内閣は歴代自民党政権同様、一貫して中国敵視政策を止めなかった。また70年に入ってアメリカが日本の頭越しに密かに中国と野関係打開のための秘密工作を開始していることを見抜く能力も、もともと持たなかった。

こうしたことから、就任僅か3ヶ月足らずのうちの田中訪中は、アメリカの対中方針に沿ったものではあったが、結局はアメリカの先を越すこと6年という早技。アメリカ追随が、ややフライング、とキッシンジャーは立腹したと聞いた。(文中敬称略)2006・09・25
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック