2006年09月02日

「日本人の品格」

            岩本宏紀

青森に住む友だちからプレゼントが届いた。藤原正彦の本「国家の品格」だ。阿川佐和子との対談を読んでいたので内容は概ね想像できたが、実際に読んでみて我が意を得たりという気分になった。これと共通する、ここ数年興味をもったことを振り返っておく。
「たそがれ清兵衛」で真田広之が見せた、きびきびしていながらも品のある食事の作法と、宮沢りえが彼に着物を着せるときの優雅な所作に感激した。

「ラストサムライ」ではトム・クルーズと真田広之の目の醒めるような殺陣(たて)に剣道を見直し、恋慕う思いを決して口に出さない小雪の奥ゆかしさに溜息が出た。

トム・クルーズがこの映画を撮った動機が新渡(にとべ)戸稲造(いなぞう)の「武士道」だと知り、さっそく買った。誤解されている日本人のものの感じ方、考え方をアメリカ人とヨーロッパ人に知ってもらいたいという高邁な目標、キリスト教や騎士道をはじめさまざまな哲学と比較しながら、英語でこれを書き上げた教養の深さに敬服した。CDもカセットテープもない1980年代、どうやってここまで勉強されたのか。

矢内原(やないはら)忠雄(ただお)の邦訳は一頁で眠くなるほど難解だった。ところがある日、小学生のように声に出して読んでみると、自分でも驚くほどすんなりと頭に入った。黙読で理解しにくいときには音読を試すことを是非お薦めしたい。

日本を離れて20年。はじめのうちはヨーロッパのいいところばかりが目につき、日本の悪いところが見え出した。そのうちヨーロッパの悪いところを体験するようになり、逆に日本の良さに気づきだした。

しかしどこがどう良いのか言葉に出来ずいじいじしていたぼくに、日本人であることの誇りをこの本がもたせてくれた。なんとなくいい事と思っていた日本人ならだれでももっている、例えば卑怯な戦い方はしないといった気持ちが、実は世界に誇れる伝統であることを知ったからだ。

巴里で暮らしていて日本人ゆえに疑いの目、蔑みの目で見られることはまずない。むしろ盗んだり騙したりしない人種と見做されているように感じる。それは百数十年前からこの地に住んでいる日本人が、正直に生きてきたからこそ生まれた信用だと思う。この信用こそが日本人の品格の証ではないだろうか。

何事にも感化されやすいぼくは、今年お茶を習い始めた。正座は辛いが棗(なつめ)と茶杓(ちゃしゃく)を持ち背筋を伸ばして構えると、さむらいになったような気分になる。着物を着て巴里の公園で野点を開けるようになるのが夢である。(了)
この記事へのコメント
私はまだ欧州在住4年目の若輩者ですが、岩本さんのお気持ちよく分かります。

武士道、私も原書で読んでおりますが、語彙が難しく、読み進むのに苦労しています。

「我、太平洋の掛け橋とならん」と決意し、生涯をかけてそれを実践した、新渡部稲造の気持ちが伝わって来ますね。

先人の苦労を思うと、現代に生きる日本人は気品を失ってはいけないと思います。海外に居ると特にそう感じます。
Posted by 長谷川唯我 at 2006年10月02日 20:12
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック