2006年09月20日

癌患者のための「緩和ケア入院料」

                松永 美佳子(医師)

「頂門の一針」570号に掲載された渡部亮次郎氏(同主宰者)の「痛まずに死ねたら」を拝読した。富山県射水市で人工呼吸器を取り外した事件以来、終末期医療をどこで線引きするかが問題となっている。しかし、死に触れる機会が多い我々は、昔から、日々の診療の中で、この問題に直面することが多かった。

渡部氏の義母が胃癌で痛みに苦しんでおられた時、彼女は早くこの苦痛から解放してほしいとただそれだけを願っておられただろう。家族も同様である。その苦痛を断ってこそ、医療と言えるのだと思う。その苦痛をとることが、余命の短縮につながったとしても、そこには人間の尊厳がある。現代の医療は、人間の尊厳を忘れ、臓器の延命しか見えなくなった。
告知の問題から始まって、治療の選択、そして終末期医療の選択、つまりは、どのような形で自分の人生を閉じたいかについて、なかなか本人と語ることができないのが日本の医療現場だ。死を病院まかせにしてしまった現代人は、死に触れる機会がなくなり、死について深く考えることがなくなった。

それは、つまり生について考える機会を無くしたのと同じ意味であり、自分がどう生きたいか、どう死にたいかを表明する人は少ない。すべてが病院まかせ、医者まかせである。大切な人生を預かった我々は、大切な選択をまかされ、法に触れるぎりぎりのところで、どうすべきかに頭を悩ます。

自分の生き方、死に方を選択するのは自分でなければならない。
渡部氏が言われるように、この世に誕生した途端、我々は死に向かって歩いている。「痛まずに死ぬ」ためには、死を病院から自分たちのもとへ取り戻し、死についてもっと早くから語り合うことが必要ではないだろうか。

渡部氏の論説に触れて、「癌患者の入院施設の立ち上げ」の必要性とその方策についてあらためて考えてみた。
癌患者の在宅療養を支えるためのショートステイ的入院施設を、どのようにして立ち上げるかについてである。

日本人の死因の第1位となっている癌は、痛みを始めとして様々な身体症状を引き起こし、患者、家族を苦しませる。激しい痛み、吐き気、嘔吐、呼吸困難、腹水、胸水、浮腫、全身倦怠感・・・その苦痛を緩和し、苦痛なく死を迎えることは非常に大切な問題である。

しかし、今までの日本の医療は延命医療ばかりに重点が置かれ、その対策を怠ってきた。その結果、癌患者の緩和医療は随分遅れている。

ホスピスや緩和ケア病棟と呼ばれるがん患者専用の病棟は増えつつあるが、専門知識を持った医師や看護師は少なく、その質は施設によって様々で、一般的に質が低いのが現状だ。癌患者の約5%程度が、このような専門施設に入院していると言われるが、その他は、そのような緩和医療の知識を持たない医療スタッフが治療を行う一般病棟で死を迎えている。

厚労省は、医療費を削減するため、入院患者を減らし、地域へ帰そうとしている。しかし、非常にシビアな症状を抱えた癌患者を、地域の老健施設(老人ホームなど)が抱えられるものではなく、重症な患者は家に帰るしか方法がない。

介護負担の大きい癌患者を家で療養させるには、介護力の破綻、病状の急変、麻薬のコントロールなど、一時的に癌患者を収容する施設がなければ成り立たない。事実、老々介護で子供は遠方、介護保険の削減によるヘルパーの削減などで、癌患者を家で介護している家族の負担は、非常に大きいものとなっている。なのにこれから先、もっと多くの癌患者が病院から家へ押し出されてくるのは必至だ。

我々の所属する大阪北部の豊能地区はベッド過剰地域と言われ、今後、新たなベッドを増やすことは禁止されており、このような癌患者のニーズに応えられる態勢には程遠い。

こうした中我々は、この地区に「有床診療所」を建て、癌患者のショートステイ的入院施設を立ち上げることを計画中である。ところが、有床診療所に24時間、365日体制で癌患者を入院させたときの厚労省から支給される医療費が非常に低いという厳しい現実が立ちはだかる。

例えば、病院における緩和ケア病棟に癌患者が入院した場合、1人に対して、「緩和ケア病棟入院料」と称して、1人に対して1日39,720円支給される。何日入院していても、これだけはキッチリ確保されている。

ところが、有床診療所に至っては同じ医療を行っても、1人に対し「入院料」と称して一般的に支給されるのは、初めの1週間が12,870円、2週間目が11,370円、3週間目以降は9,670円だけで、平均1人1日約1万円に止まる勘定となる。

24時間、365日体制で、癌患者に対して「病院」と同じ医療を行っても、有床診療所に対する支援は、「病院の4分の1」という冷酷なものだ。

加えて、病院では緩和ケヤチームが患者を診察した場合、1日につき250点(2500円)の「緩和ケア診療加算」が支給されるが、これとて有床診療所には適用されない。

これでどうやって重症癌患者の医療に当たる有床診療所の経営が成り立つというのだろうか。言い換えればどうやって、重症癌患者の救済へ手を差し伸べられるといえるのだろうか。

となれば残された可能性はあるのか。少なくともその選択肢の1つは、とにかく「癌患者専用住宅」を拵え、そこに癌患者を収容する方法だ。これは、クリニックからの医師の訪問診療や訪問看護を中心に、24時間体制で重症癌患者への医療を施す施設のことだ。

この方法だと、在宅医療に係わる診療費は、1人1日13,000円となり、今の有床診療所の入院費より余裕があり、少しはましである。

そして将来、厚労省が有床診療所にも、「病院と同じ今の39,720円の緩和ケア病棟入院料」を支給出来るようにした段階で、その「癌患者専用住宅」を「有床診療所」切り替えて運営してみようという方法である。

だから問題は、病院だけの「緩和ケア病棟入院料」と「緩和ケア診療加算」を、有床診療所にも支給してほしいということだ。有床診療所であっても、癌患者、特にターミナル患者を24時間体制で診る以上、病院と同じ診療報酬を支給してほしい。

癌の末期患者を24時間、365日体制で支えることは大変なことである。これは今の日本にはどうしても必要な医療であり、誰かが先鞭をつけなければならない責務である。

市民・患者にとってどうしても必要な医療を保障すると共に、これに立ち上がろうとしている有床診療所の経営にも目を注いで頂き、これに必要な対策を急ぎ講じるよう、政府の積極的の支援を念じてて止まない。
    (医療法人 永仁会 千里ペインクリニック・院長)
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