2006年09月13日

ボーボワールの思い出 

        岩本 宏紀(在仏邦人)

あれは高校2年のときだったか、男女交際には縁がなくブラスバンド部と演劇部のかけもち部活に情熱を燃やしていたとき、同じクラスのAが一冊の文庫本をくれた。
「おもしろいけえ、読んでみんさいや。ものの見方が変わるけえ。」
題名を見てどきっとした。「第二の性」
刺激的な言葉にわくわくしながら、この小さな本を開いた。
「人は女に生まれるのではない。女になるのだ。」
冒頭の文に期待は一気にしぼんでしまった。ブラジャーに火をつけて気勢を上げるアメリカのウーマンリブ運動には嫌悪感をもっていたからだ。
「なんだこの手の本だったのか。」

当時のぼくにとって女とは、服と化粧にしか興味がなくて考えることをしない人間。頭のいい女は逆に勉強一本槍で、身なりも構わず美的感覚はゼロだと思っていた。ひどい独断である。

しかし読み進むうちにどんどん引き込まれていく。すぐに本屋へ走り続刊を買った。
読み終えたときには、Aの言ったとおり女性に対する見方が完全に変わっていた。敬う気持ちさえ生まれていることに自分でも驚いた。
この本がきっかけで著者ボーボワール、そして彼女の国フランスをもっと知ろうと、仏文志望を決めた。大袈裟に言えば、ぼくが今フランスに住んでいるのはこの本のせいなのだ。

先月、35年ぶりに会った高校の同級生で、バスケット部員だったOにこの話しをした。
「Aにそういうところがあったんか。知らんかったのぉ。あいつはサッカーひと筋の男と思おとったが。いやぁ、ええ話しじゃ。」

一冊の文庫本が偏屈な男子高校生の女性観を変え、30数年後にその本を贈った男の株が上ったという話しである。
BeauvoirRE.jpg
この夏巴里に37番目の橋が架かった。シモ−ヌ・ドゥ・ボーボワール歩道橋。女性の名の橋はこれが初めてだ。左岸の国立図書館と右岸の映画館センターを結ぶこの橋に、哲学者、作家、評論家であった彼女の名前をつけるとは巴里もにくいことをする。
デザインは斬新だが板張り。これが歩きやすい。

1976年モントリオールオリンピック会場からのテレビ放送で、板の歩道が歩きやすいとレポーターがほめていたのを思い出す。コペンハーゲンの空港に着いたときにそれを実感した。堅過ぎず柔らか過ぎず、そして静かだった。
ボーボワール歩道橋を歩いていて、そんなことを思い出した。
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