2006年08月30日

「巴里だより」・・盆帰り 

          岩本宏紀(在仏邦人)

ぼくのふるさと、広島県西部には珍しい灯籠がある。竹の先を六つに割って広げ、紙を張って漏斗(じょうご)のようにしたものだ。なかにろうそくを立てる。おふくろによると浄土真宗安芸門徒特有らしく、同じ広島県でも東部では見ない。盆のわずか数日間だけ墓の前に供え、終わると捨てる。通常は赤や青など派手な色だが、初盆には白い灯籠を供える。おやじが死んだ年にはそれが我が家の墓地を取り囲んだ。

八年前から盆には必ず帰省するようにしている。そのとき中学時代の友達の墓を訪ねる。彼は大学二年の秋、事故で死んでしまった。彼の墓の前に立つと、中学三年の夏が蘇る。高校受験を翌年に控えた夏休み。我々二人は彼の勉強部屋で、毎日試験問題集に取り組んだ。

数学と理科に弱いぼくは、ずいぶん彼に助けてもらった。逆に英語ではぼくが彼の手助けをした。もっともぼくにとっては勉強だけではなく、ひょっとしたら憧れの君が勉強部屋から見える道を通るかも知れないという淡い期待もあった。ともあれ、甲斐あって二人とも希望する高校に合格できた。

小椋佳の歌にこんな詩がある。
「愛するひとの瞳(め)に おれの山河は 美しいかと」
二十歳でこの世を去ったお前。細かったお前が、山登りを始めて見違えるほど逞しい身体になっていたな。工学部専門課程の勉強もまだ始まったばかり。さぞかし無念であったろう。一年に一度お前と向かい合い、美しい山を築けたろうか、翳りない河を拓けたろうかと振り返る。そして怠惰な自分を叱る。添付画像:初盆の白い灯籠。 
2006年8月15日 広島県廿日市市津田、百合野の墓地

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(2006年8月28日)
上記「巴里だより」・「盆帰り」に寄せられた「読者便り」をご紹介します。

おばあちゃんの言葉 。。。。四国の女性
パリ便りを読んで、胸がいっぱいになりました。こみ上げてくるものがありました。人の人生は川の流れのごとく、とよく言いますが、人生山あり、谷あり。 がんちゃんの今は亡き大切な人への思いが伝わってきました。生きていくことで悲しい事は、大切な人との別れです。

長生きしたおばあちゃんがよく言っていました。 「長生きすれば、大切な友達、子供たちとの分かれを経験しなければならない。 沢山の人との別れの苦しみを味わってきた・・・」と。

(岩:おばあちゃんの言葉、重みがありますね。30年近く前、会社が分離し、販売の新会社に移ったときのことを思い出しました。元の会社に残った先輩がこう言いました。「残るほうがさみしいよ。」)

夢を見ました 。。。。巴里の女性
お盆に帰省なさったのですね。白い灯籠が夏の光にまぶしく、いつもながら季節感あふれる写真です。私たち日本人にとって、またふるさとを出て遠い地にいるものにとってお盆はやっぱり特別な時期ですね。それなのに、私は今年帰らなかった。母や妹の夢を何度も見ました。

「美しい山を築けたろうか、翳りない河を拓けたろうか」
・・・自分はここで何をしているのか、という気になってしまいます。

(岩:15日は刺すような日差しで、白い灯籠はまともには見られませんでした。ふるさとから遠く離れて、しかも自分の意思で巴里で働いていると、たまに「一体自分はここで何をしているんだろう」という気分になる。日本に帰るべきか、巴里に留まるべきか悩むのだと。何人かの人からそれを聞きました。)

見守ってくれている祖父母 。。。。東北の女性
大学二年でお亡くなりになったお友だち、さぞ無念だったことでしょう。でも彼はきっと岩本さんをいつも見守って下さっているはずです。ご立派になられた岩本さんに目を細めていらっしゃることでしょう。毎年彼のお墓参りをなさる岩本さんも、お友だち思いのおやさしい方です。
彼もお幸せだと感じていらっしゃることでしょう。

私は毎年お盆には、5年ほど前に高齢で亡くなった祖父母の墓参をします。そしていろいろな報告をするのですが、祖父母は私が何も言わなくても、そのすべてを知っているような気がするのです。生前、たくさんの愛情を注いでもらった私には、そんな祖父母の存在は今も大きく、
どんな時にも暖かく見守ってくれる大切な存在です。(小椋佳の詩に、じんときました。歌の題名を教えて下さい。)

(岩: 歌の題名は「山河」。 小椋佳本人、五木ひろし、堀内孝雄の
3人が歌っています。 死んだあいつ、死んだ親父に見守られていると思うとほっとします。反面、いい加減なことをすると叱られそうです、おてんとう様に見られているように。)

又タイに行きたい晴れ男より
何時も楽しいお便り有り難う御座います。今回も大変珍しい灯篭拝見しました。私は今回1人で墓参りしました。その時口からでた六月鎌倉の歌
アジサイに 降る雨音で 母思う
8月頭に行った青森の恐山でも、会いたいと思う心を伝えてきましたが?

(岩:時間とお金のゆるすかぎり帰省しているのは、今のうちにしっかりおふくろの顔を見ておきたいからです。と言ってもまだまだ元気ですが。電話も短縮番号は使わず、10人分くらいは記憶しています。)

モンソー公園の石灯籠 。。。。巴里の男性
灯籠、といっても石灯籠ですが、パリの日本国大使館、近くのモンソー公園内の散歩道に、鈴木東京都知事と都民から、当時のパリ市長シラク氏と市民あてに贈られた上野寛永寺の石灯籠が立っています。懐かしい程の心安まる姿です。

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