川原俊明(弁護士)
最近の朝日新聞社説に、義母への介護にまつわる悲喜こもごもを映画化した「折り梅」が注目を集めている、との記事が掲載されました。
折しも、当法律事務所で取り扱った「承諾殺人罪」の刑事裁判がありました。長年、妻の介護を続けてきたものの、妻の様態に改善が見られず、ますます衰弱していく姿に将来を悲観し、妻とともに無理心中を図ろうとした夫。その夫Iさんが、承諾殺人罪の被告人として刑事裁判に。
刑事弁護の依頼者は、こともあろうに「被害者」である亡き妻Sさんの息子であり、亡き妻の実母や親族でした。ふつうなら、被害者側の親族が、刑事被告人の減刑を求めて弁護士に弁護を依頼するはずがありません。
「この事件の真相は、ここにある」と、K弁護士は考えました。20年の長きにわたり、難病にかかった妻Sさんをささえてきた夫Iさんの愛情は、とても崇高なもので、その愛情に支えられた介護活動は、なかなか真似のできるものではありません。
Iさんは、妻の介護を一身に引き受け、身近にいた息子や娘にも負担をかけないよう、仕事の休みの日は、自分の休暇を犠牲にしてまでも妻の介護に全力を注いでいたのです。そんなIさんにとって、肉体も精神も限界に来たのでしょう。
無理心中決行の日。Iさんが、Sさんに「一緒に(冥土に)行こうね。」と声をかけたところ、Sさんからは、か細い声で「うん。」という返事がかえってきました。
妻を車に乗せ、公園やショッピングセンターなど、2人だけの思い出の場所をいくつも回りながら、最後に行き着いたのは2人がお世話になった病院でした。車いす用の比較的広いスペースのトイレの中で、2人が並び、ロープ状に用意したネクタイの輪を使って2人の首に巻き付けました。互いの意識が薄れていく中で、残念ながらIさんだけは、目的を達成できなかったのです。
Iさんにとっては、たとえSさんの承諾があったとしても、妻の命を奪うことが不可避だったとはいえないことから、刑事裁判にかかることになりました。
K弁護士は、この事件の背景に、「日本の介護制度の不備がある。」と考えています。その不備は、決して設備やお金だけの問題ではありません。介護する人びとに対する精神的ケアがどこまでできているのか。
現代日本の社会全体が、他人を顧みないなど、誤った個人主義が横行する中で、お互いの助け合い精神の復活が今こそ必要なのではないでしょうか。
裁判所は、命の尊さを訴えながらも、IさんのSさんに対する愛情に基づいた行動を高く評価しました。5000通に上る嘆願書は、社会の声そのものです。その結果が、執行猶予判決。
Iさんは、裁判の前後を問わず、自分の愚かさを同じ境遇にある人々に伝え、真剣に介護に携わる人々の心の支えになりたいと考え、主張してくれています。私達も、Iさんの心情を理解し、近い将来に到来する高齢化社会を明るく生き抜こうと思います。
川原総合法律事務所 [mailto:office@e-bengo.com]
2006年03月30日
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