2006年01月18日

◆「個人情報」と混乱の医療現場

     大阪厚生年金病院 ソーシャルワーカー M.M.

個人情報保護法の施行に伴い、医療機関も個人を特定する多数の情報をもつ事業所として法の適用をうけることになりました。

個人情報保護法は、本来の目的以外に情報を使用しないこと、他人に渡さないことになっています。金融機関の顧客情報が漏洩し、住所や氏名・残高・借り入れ情報などが外部に出てしまった時、顧客1人当たり500円のプリペイドカードを「ごめんなさい」の意味を込めて渡されると聞きました。

医療機関がそんな場合を想定して、予算を組んでいるところもあると聞いています。医療機関で取り扱う情報は「センシティブ情報」と呼ばれるもので、感度の高い敏感に反応する情報であり、外部に漏れてはとりかえしのつかない情報にあたります。それは、病気や障害が社会の中ではその人のスティグマ(負の烙印)になるからです。

例えば、「精神疾患で通院をしていること」や「障害者であること」、「遺伝性疾患をかかえていること」などが、本人の知らないところで他者に情報が渡ってしまっているとしたら大変なことです。500円のプリペイドカードを渡されて「ごめんなさい」ではすみません。住所や電話番号などは変えることができますが、医療機関の扱う「センシティブ情報」は一旦漏洩してしまうと消し去りようのない情報なのです。
笑い話になりますが、個人情報保護法を正しく医療機関で運用すると、下記のようにヘンテコリンなことになります。
1、初診で来られた患者さんには問診票に記入していただくことになっています。そこに「身内で病気の方はおられますか?」という質問項目があります。いわゆる家族歴といわれるものですが、祖父が肺ガンで死んだとか、母は高血圧で治療中だとか、兄も糖尿病で治療中など書いてもらいます。しかしこれらの情報も個人情報保護法の視点から言えば、ご本人である祖父や母、兄の了解のうえでしかしゃべってはならない情報になります。

2、ガンの告知の場合、「本人に告知をするかどうか」を医師が家族と相談するにはまずガン患者さん本人に、その旨「あなたにガンの告知をすべきかどうかを家族に話します」ということを説明し、ガン患者さん本人の了解をとらなければならないということになります。

入院中の身内の方の病状をたずねたら、個人情報保護のため答えられないと拒否されたという話も聞きました。また、開業医さんの書いて下さった紹介状をあけて読んだら、開業医さんから叱られたとのこと。紹介状は開業医という個人の書いた情報なので、勝手に読んだら法律違反だとお叱りの言葉だったという話も聞きました。

個人情報の取り違えもいいところです。現場はとても混乱しています。JR脱線事故の時も、入院患者名を発表する、しないで病院によって対応が分かれていました。
生命を危険から守る、財産を保護することは個人情報保護法に勝ることになっていますが、現実はきれいに割り切れるものではありません。

救急搬送された患者さんの意識がなく、連絡先がわからない場合があります。ご本人のポケットにあった手帳に記載された電話番号に連絡してもよいものかどうか、法律ができてからいままで以上にとまどいが生じます。勇気をふりしぼって電話したら「人の手帳の電話番号を勝手に見てそんなことしてええと思ってんのか!個人情報保護法違反だ!」と怒鳴られることがたいへん多くなりました。

救急搬送された1人暮らしの高齢者の方で痴呆症状があり、たずねても回答ができない。住所が判明し、病状が悪化する中で何とか親族の方に連絡をとりたいと思い、民生委員さんにたずねても、「そういえば妹さんが時々たずねてこられるようですが、名前も連絡先もわからない」との返事でした。区役所にたずねても、「個人情報保護のため教えられない、調べられない」の一点張りでした。

歯がゆい思いの中、亡くなられましたが、死亡してはじめて事件として警察が動いてくれ、妹さんがとなりの区から引き取りに来られました。「どうしてもっと早くに連絡をくれなかったの」と泣かれた時には私も悔しくて悔しくて返す言葉がありませんでした。

今後一人暮らしの高齢者が増えるのですが、心構えとして大切なことは自分の意思で緊急連絡先を伝えあえる近隣関係、コミュニティを作っておくことだと思います。
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