渡部亮次郎
1)
>ふーん。ふむふむ、原口氏はそういう考えか…。えっ、「異議」。何度 か読み返してみましたが、これは「意義」でしょう。まあ、単純ミスで はあるのでしょうが、読売さんがナベツネ氏の肝いりで新聞協会賞まで狙った連載の単行本にしては、なんだかなぁ、という感想を覚えました 。これが9月22日。
広辞苑第5版「異議」:他人と違った議論や意見。「――なし」「−−を 唱える」
「意義」:意味。わけ。言語学では、特に「意味」と区別して「一つの語が文脈を離れてもさして得る内容」の意に使うこともある。!)物事が他との関連において持つ価値・重要さ。「参加することにーーがある」とある。
誤植はどっちだね。<
原口氏の文脈を読むと、「意義」が正解かと。学問として論じる価値はあるけれども、政治家としては言うべきではないと述べているのでしょう。 2006年 9月30日 伴 尚志
2)
文では、「A級戦犯史観を学者として論じるなら私は賛同しかねます。しかし、そこに立ち返って何かを発言することは国益にならないし、政治家として言うべきではない」
ここで、後半の「政治家として言うべきではない」と前半を「賛同しかねる(異議)」と捕らえると、逆説の接続詞「しかし」が意味を成しません。
また、「しかし」を除いて考えても、学者としての史観と政治家として
の史観の違いを原口さんは語られてると思うので、政治としての史観と学者としての史観が共にそこに立ち返って発言する価値が無い、という文脈になると思います。
よって、ここは阿比留記者の訂正のように異議は意義であるべきだと小生は感じますが、どうでしょう?
その後の「虎の威を刈る」は単にキーボードによる変換ミスだと思われますが、いかがでしょう。
よろしければ、原口さんの文章を「異議」として解釈を伺いたいのですが、よろしくお願いします。粟野 智之
2006年09月30日
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