2012年01月27日

◆“危ない”心臓外科専門医(中)―@

石岡 荘十


〜危ない専門医を“粗製濫造”する専門医認定機構〜

◆問題は甘い専門医認定基準

地域の基幹病院と見られている総合病院の中にも診療科の一つとして循環器内科、心臓血管外科の看板を掲げているところが少なくない。

しかしほとんどのところは人材も設備もみすぼらしいもので、世界的なレベルで較べると「国辱物だ」(東京ハートセンター南淵明宏医師)という。患者も少なく、採算が取れなくなり、遂には堪らず総合病院としての見栄でつづけていた「心臓外科」の看板を降ろすところも出始めている。

多くの心臓外科専門医は自らメスを握る機会がほとんどなくウデは錆付くばかりだ。「そのレベルの病院や、そこで働く専門医はいずれ自然に淘汰されていくだろう。こんなところにうっかり飛び込んだ患者はどんな目にあうか。お気の毒だが命の保障はない」(同医師)。

日本胸部外科学会は施設の集約と統廃合を目指しているというが、目に見える効果はほとんど現れていない。

それにしても、こんな専門医供給過剰の体制が見過ごされているのはなぜか。その原因のひとつははっきりしている。専門医を“粗製濫造”する体制・制度がしっかり出来上がっているからだ。その仕組みはこうだ。

「心臓血管外科専門医認定制度」が発足したのは2002年。まもなく10年を迎える。日本胸部外科学会など心臓に関係のある3つの学会が「心臓血管外科専門医認定機構」を立ち上げ、2004年から毎年1回、ペーパーテストと面接試験で専門医としての資格を認定している。「専門医資格」はいわば心臓手術のライセンスだ。

問題はこのときの受験資格の決め方だった。この制度が発足した当初、受験まで数年間の執刀数実績がわずか20例という甘い基準だった。

プロ野球選手に例えると、年間多くて10試合も登板しないピッチャーをプロと認定するようなものだ。これに対して当初から「認定基準が甘すぎる。このままでは重大な医療事故が起きかねない」と懸念する批判が現役のベテラン外科医の間から噴出していた。しかし、認定機構は反応しなかった。


案の定、心配された医療事故が発生、新聞社への内部告発で明るみに出た。2004年4月のことだ。

2002年秋から2004年1月にかけての実質14ヶ月の間に、東京医科大学病院(東京・新宿区)の49歳の心臓血管外科専門医が手がけた心臓弁置換手術の患者4人が相次いで亡くなった。

弁置換術は心臓にある4つの弁のうち、うまく動かなくなったものを人工の機械弁などに置き換える手術のことで、心臓外科分野では技術的にほぼ確立した手術とされている。手術の難易度は中程度で、死亡率も高くない手術であるのにもかかわらず、1年余りの間に4人が相次いで死亡したのである。

このときの執刀医が2004年までの4年間に手がけた手術はトータルで155例に過ぎなかった。年間40例、1ヶ月に3〜4人しか手がけていない未熟なウデの専門医にメスを握ることが許されていたことが明らかになった。事故後の記者会見で大学病院側は「外科医の知識や技術の不足が招いた事故だった」と認めている。

専門医の認定を行っている機構はこの“事件”を直接のきっかけに、発足からわずか2年で認定基準の見直しを迫られた。専門医取得に必要な手術経験を20例から倍以上の50例に引き上げる改訂に踏み切った。

しかしこの程度の小手先の改訂では、専門医の“粗製濫造“に歯止めはかからず、2008年には遂に専門医の数が2000名の大台に乗った。認定制度がはじまって6年間に、じつに600人もの「専門医」が生まれたのだ。多過ぎる専門医が事故を繰り返す可能性はかえって高くなった。”危ない手術環境“は改善されなかったどころか、改悪されてしまった。(続く)

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