2006年10月04日

◆中川を失った節介屋



            渡部亮次郎

安倍政権に対して、元総理大臣にして森派会長の森 喜朗は相当な影響力を保持していると見ていたが、最早それは相当に古い話だそうだ。幹事長になった中川秀直にはとっくの昔に去られたようだ。現場からの通報である。

<森と中川秀直の距離はかなり開いている。秀直が森を裏切ったりして、とうの昔に森から見限られてもいいはずなんだが、そこがヘンに義理に厚い森の欠点。いまだに中川を憎みきれないでいる。

森はおそらくいまだに中川に意見しているはずだが、膨張肥大した中川はほとんど聞き入れていないのではないか。そういう中川の姿勢は総裁選の前にはっきりとしていたため、森は町村を使った。

今回の安倍訪中については、むしろ秀直の功名心が大きいのではないか。谷内外務事務次官もおそらく歴代次官経験者に「こんなにこじれた外交をした責任はお前だと後世いわれ続けるぞ」などと脅されたのかもしれない。

外交に私心は禁物なのに、「国益=私心」と勘違いした輩がいるせいで日本はいつまでたっても「主張する外交」なんてできっこなさそうだ。>(政治記者) 

<「酒と女の自民党執行部」ですが、中川秀直さんのあの時のスキャンダルというのは、『FOCUS』のバックナンバーを読み返すにつれてもひどいですね。愛人や右翼とのつながりなんて、国会議員の中にはいくらでもいるでしょうが、最大の問題はその愛人に薬物を巡る警察情報を漏らしていることだ。

で、改めて秀直さんが官房長官を務めていた第2次森内閣の名簿を見て驚いた。国家公安委員長が伊吹文明さん(現文部科学大臣)じゃないですか。

警察情報を得ていたのは、官房長官になる前で、その時の国家公安委員長は違いますが、警察とのズブズブということで考えれば、この人事はなかなかイミシンである。

しかも、愛人に捜査の手は及ばなかったんだから。そして、今回人事権を握る幹事長になった秀直さんが、伊吹さんに閣僚のイスを与えた。どうも厭な感じですねえ。

官邸には比較的まっとうな人材を集めたことを見ると、安倍さんはどうも人事権を古い自民党にとられている感じがする。つぎつぎと爆弾が破裂し続けるんじゃないかな。>元文芸春秋記者勝谷誠彦の「日本補完計画」より転載。

<中川 秀直(なかがわ ひでなお、1944(昭和19)年2月2日 - )は日本の政治家、自由民主党所属の衆議院議員(広島県)。現自民党幹事長。東京都新宿区出身。本籍地は広島県東広島市豊栄町。

岳父の中川俊思(河野一郎派)も衆議院議員を務めた。学歴は慶應義塾大学法学部卒業。学位は法学士(慶應義塾大学)。

1962年:東京都立井草高等学校卒業

1966年:慶応大学法学部卒業

966年:日本経済新聞社入社。政治部記者となる

1976年:義父の地盤を継ぎ、旧広島2区から新自由クラブ公認で衆議院議員総選挙に立候補し初当選(31歳)

1979年:落選を機に新自由クラブを離党

1980年:トップ当選で復帰し、自民党へ入党。国土政務次官、通産政務次官を歴任する

1990年:再び落選

1993年:再度トップ当選で復帰。

1994年:村山内閣の首相補佐として社会党出身総理と自民党との連絡役を務める

1996年:第1次橋本内閣で科学技術庁長官として初入閣(52歳)

2000年7月:第2次森内閣で内閣官房長官兼沖縄開発庁長官として総理の女房役を務める (56歳)

2000年10月:愛人通いや右翼との会食などスキャンダルが報道され、実力を発揮できないまま就任3ヶ月で辞任に追い込まれる。この辞任劇が支持率低下に悩んでいた森内閣に追い討ちをかけ、同年末の加藤の乱発生に少なからず影響を与えた

2002年10月:自民党国会対策委員長に就任して復帰。小泉純一郎総理の信任も厚く側近中の側近として知られる。その政治手腕も買われて異例の長期留任となり、2005年7月に国対委員長在職期間最長記録(村岡兼造前衆議院議員の1023日)を更新する

2005年10月:自民党政調会長に転ずる

2006年9月:自民党幹事長に就任

自民党新聞販売懇話会会長代行であり、新聞の再販制度維持を主張し特殊指定見直しに反対している。日本新聞販売協会の顧問でもあった。その分身でもある日販協政治連盟から多額の献金を受けている。事実上新聞族のドンである。

新聞記者出身らしく、自らのホームページのコラム連載を一日も欠かしたことがない。各紙社説や論説記事を叩き台に、自らの所見を展開するスタイルが多い。

古賀誠、二階俊博らとともに、人権擁護法案(ネット上でその問題点が厳しく指摘されている)の積極推進派としても知られている。

2006年4月、次男中川俊直が東広島市長選に立候補する。国政選挙並みの選挙戦を繰り広げるも落選。

2000年衆議院議員選挙において、自由民主党総裁(内閣総理大臣)森喜朗の指示を受け、中川が塩川正十郎に引退を要請しに行き、塩川に灰皿を投げつけられ「帰れ!」と叱責された。>

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

10月4日発売(東京)の「週刊新潮」10月12日号は、トップで特集を組み「黒い幹事長 中川秀直の正体」を5ページに亘って暴いている。私は岳父(故人)のことしか知らないから、口出ししない。

「週刊新潮」は
<党三役と組閣で登用されたのは、脛に傷持つ灰色議員の面々だった。その筆頭が幹事長に出世した中川秀直代議士(62)。未だ愛人スキャンダルの火種が燻り、数々の疑惑を抱える・・・≫と冒頭に謳っている。

それにしてもなんやら怪しいね。安倍さん、大丈夫かいな。それにしてもこの中川と縁を切れない森という人は分からない。だから総理が1年しか勤まらなかったのかもしれない。安倍さんから毎日、電話を貰わなければ神通力は間もなく無くなる。(文中敬称略)2006・10・04
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