2006年10月07日

◆得手勝手



             渡部亮次郎

得手勝手。他人のことはかまわず、自分の都合だけで考えること。また
そのように振舞うこと。(岩波書店刊「四字熟語辞典」2002・03)

1991年のソ連崩壊に伴う冷戦終結後は、唯一の『超大国』、『覇権国家』
となり、「世界の警察」を自任した。その後も日本や韓国、サウジアラ
ビアやドイツなど国外に多くの基地を持ち続け、パナマ侵攻や湾岸戦争
など、各国の紛争や戦争に積極的に派兵した。アメリカのことだ。

特に中東地域においては露骨にイスラエル寄りの姿勢を保つため、中東
のアラブ系、イスラム系国家の国民から多くの反発を買うことになった。

それなのに民主主義体制で我々は成功したのだから、地球上すべてが民
主主義で行くべきだとでも言ってるように振舞っているのがアメリカ合
衆国ではないか。得手勝手という四文字熟語が頭に浮かぶ所以(ゆえん)
である。

殆どの国民が移民もしくは奴隷として外国から来た人とその子孫であり、
世界史的に見て比較的新しい国の1つで、その母体になった国々や、その
他多くの国家の特徴を経済的、政治的、軍事的、そして文化的にも合わ
せ持っている。

今の大統領の父ジョージ・ハーバート・ウォーカー・ブッシュ(George
Herbert Walker Bush, 1924年6月12日 - )もアメリカ合衆国の第43代副大統領および第41代大統領(1989年-1993年)という名門。そのブッシュ家は、女系で辿っていくとイギリス王室の子孫だとはいえ、移民は移民である。(喰い詰め者)。

何カ国、どれだけの民族の交じり合ったのがアメリカ合衆国だろうか。
どれだけの得手勝手が集まったことだったろうか。しかし、ぶつかり合
う得手勝手の中から発明したのが民主主義という制度だった。

最終的には多数決によるとしても、その意思決定の前提として多様な意
見を持つ者同士の互譲をも含む理性的対話が存在することをもって正当
とする点で異なると主張される。日本では反体制思想と決め付けられ、
研究さえまま成らない思想だった。

それが昭和20(1945)年8月15日の敗戦と共にやって来た戦勝連合軍(事実
上はアメリカ)のマッカーサー元帥(げんすい)によって押し付けられ、
教え込まれ、「真実」と思い込まされたのがミンシュシュギだった。

この第2次世界大戦の終結後、アメリカは戦勝国となった上に国土に殆ど
被害を受けなかったこともあり、1950年代にかけて未曾有の好景気を享
受することとなった。

とはいうものの同じく戦勝国だったソビエトは共産主義国として対立す
ることとなり、いわゆる冷戦による共産主義への脅威を受けた。そのためア
メリカは一時、ジョセフ・マッカーシー上院議員らによってヒステリッ
ク的に赤狩り旋風が巻き起きた他、ジョン・F・ケネディ大統領の暗殺事
件が起こるなど政治的な混乱も続いた。

冷戦においては、ソビエト連邦を盟主とする共産主義陣営に対抗する資
本主義陣営の盟主として、自由、民主主義の保護の名の下、朝鮮戦争や
ベトナム戦争など世界各地の紛争に積極的に介入する。これを私はアメ
リカの得手勝手第2弾だったと思っている。

だからベトナム戦争への介入は世界的に大きな非難を呼び、国内世論の
分裂を招いたのは当然だったが、アメリカは分らなかったらしく、無視
した。

単に「反共産主義的」であるという理由だけで、アジアや南アメリカ諸国
をはじめとする世界各国の軍事独裁政府を支援し、その結果、それらの
国の国民に対して政治的不安定と貧困を与える結果となった。

また、長引く冷戦時代を通して軍部と経済界が結びつき軍産複合体を形
成しアメリカの政治・経済・軍事政策に深く関わる構図も生まれた。こ
うしたアメリカの戦争を止められない性質を揶揄して「戦争中毒」と呼
ぶ「左翼」も存在する。

また、「自由と民主主義の橋頭堡」を自称するものの、第2次世界大戦
後に至っても法の上での白人種による人種差別が認められていたようだ。
私は1973年まで行った事がないから知らなかった。

1960年代にはこの様な状態に抗議するアフリカ系アメリカ人を中心に、
法の上での差別撤廃を訴える公民権運動が行なわれ、1964年7月に、リン
ドン・ジョンソン大統領の下で公民権法(人種・宗教・性・出身国によ
る差別禁止)が制定された。

だが、その後も現在に至るまで先住民や非白人系移民とその子孫(アフ
リカ系アメリカ人、ヒスパニック、日系アメリカ人など)などの少数民
族に対する人種差別問題は解決されておらず、大きな社会問題として残
っている。

2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロ事件後は第3の得手勝手ではないだろうか。「テロ支援国家」としてイラン、イラク、北朝鮮を名指しで非難しアフガニスタン侵攻、イラク戦争へとつながったが、イラク戦争には「石油を狙った侵略行為」であると批判する声があがるのを留める方法はない。

上記テロ事件を境として、アメリカを取り巻く環境ないしはアメリカの
世界への対応は劇的に変化し、国際情勢や各国間の関係にも大きな変化
がおこっている。

現在もアメリカは「アメリカの死活的利益擁護のためには武力行使を含
むあらゆる手段を選択」と宣言しているが、同時多発テロ後のアメリカの
やり方に対して「全体主義の傾向が強まりつつある」と言われている。

2005年以降、テロ対策を目的に連邦情報機関が大統領令に基づき具体的
な法令的根拠・令状なしに、国内で盗聴・検閲等の監視活動を行ってい
ることについては批判の声が上がるのは当然だ。

イラク戦争の強引な姿勢は世界中で反米感情を引き起こし、アメリカの
国際的な影響力の低下を招い手いるのではないだろうか。砂漠の砂嵐の
中で民主主義をやっていたのでは、投票中にみんなが吹き飛ばされて死
んでしまうと思うのだが、アメリカ人には判れない。世界的な得手勝手。

私は決して反米主義者ではない。ただ他民族社会なるが故に単細胞的な
政治制度を採って来たアメリカが、地球の中華を目指す中国と2020年ご
ろ本格的に対峙する事態を迎えた時、きちんと対抗できるか、極めて心
配なのだ。

日本の安全保障をこんな単純性脳膜炎におんぶしていて大丈夫なのか、と。

参照:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』2006・10・06

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