2006年10月08日

◆「ディープインパクト」

 
                   岩本宏紀

「ディープの馬券を買わなきゃ非国民、みたいな雰囲気があるよね」。
こんな言葉が飛び出すくらい、巴里の日本人社会は、凱旋門賞の話題でもちきりだった。ぼく自身は競馬ファンでもなく当日はゴルフだったので、見に行くつもりはなかった。

しかし帰宅途中友だちの提案で、まだ間に合うので入れるかどうかはわからないが、とにかくロンシャン競馬場へ行ってみよう、ということになった。

ひとの流れにのって歩き着いたところはコースの内側。馬券の買い方も知らず、
馬が右回りに走るのか左回りかもわからない。人だかりのしている場所に入り込み、うまいこと最前列に到達することができた。

前は馬が走るコースとメインスタンド、後ろは大きなスクリーン。ディープインパクトよりひとつ前のレースに出る馬と騎手がそのスクリーンに映し出された。コースの図面が映ったときにはびっくりした。F−1のように何周もまわると思っていたのに、4分の1くらいしか走らないのだ。

スタート時間になっても我々の場所から馬は見えない。実況中継の声がだんだん興奮してくる。その直後目の前を一群の馬が駆け抜け、レースは終わった。あっという間の出来事だった。

それから20分くらい後、いよいよ最終レース出場馬の紹介が始まった。スクリーンにディープインパクトに乗った武豊が映る。メインスタンドには日の丸が
3,4枚見える。旅行業界の友だちによると最低三千人が日本から団体旅行で
来ているという。

「ゆたかー!」「ディープー!」の連呼だ。フランスの馬名は、ほんの数回のみ。こちらの競馬場は上品なファンが多くて、そういう習慣がないのだろうか。
ぼくのすぐ後ろから、フランスの「本命馬」に向けた野次が聞こえてきた。
「負けてくれー! 勝ったら日本に来れなくなるぞー!」。
日本語でよかった。これがフランス語の野次だったらと思うとぞっとした。

スクリーンはゲートインの光景に変わった。ディープは8番目、つまり最後に入った。カメラがそれを真上から捕らえる。ゲートはきっちり馬一頭の大きさしかない。こんなに狭いとは知らなかった。

ゲートが開くと大歓声だ。コーナーに差しかかると歓声は怒涛に変わった。スクリーンから目を離し左前方に目を凝らすと、「ドッドッドッドッ」という地鳴りとともに疾駆する8頭の馬。

鞍から腰を浮かせ手綱を握ってきっと前方を睨んでいる騎士のなんと男らしい
ことか。騎手に応えて全力疾走するサラブレッドのなんと美しいことか。

残念ながら日本期待の星は3位に終わり、声援は溜息に変わった。それでもぼくは「ありがとう」を言いたい。腹の底に響くあの音で、打ち震えるような快感を与えてくれ、力強く美しい疾駆する姿を見せてくれたのだから。(了)



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