2006年10月17日

◆「微 妙 な 関 係 ?」


                 眞邉 峰松 
   
近年になって、日本と中国・韓国の間には一大外交戦争が起こっている。 昨年、平成17年は戦後60年という節目の時期であり、この紛争も、その節目に起こった国連改革問題とりわけ日本の安保理常任国入り問題をはじめ、首相の靖国参拝、領土問題等、戦後処理を巡る微妙な食い違いが一層顕在化してきた故であろう。

そして、何よりも世代交代が進む加害者側の日本人の、両国はいつまで謝罪と賠償を要求し続けるのかという嫌悪感と、過ぎ去ったと思い込んでいた戦争と戦後処理に関する意識を巡る感覚の変化が一層明確化してきたということだ。

考えると、我々60歳代超の世代の人間はどこかに、少なくても今次大戦を引き起こした国としての責任と、両国に対し多大な迷惑をかけたという歴史感覚を有していることは否定しない。

しかし、現在の社会の中核をなす50歳代以下のいわゆる“団塊の世代”はどうだろうか。 日本が世界の経済大国化し、世界からの驚異と羨望の下におかれてきた状況下で成長し、この両国に対しても世界に誇る経済力を利用した経済援助を続けてきたではないか、という意識の方が強い世代だと言えるのではなかろうか。 

私は、過去、この両国へ何度も仕事で訪問し、また個人的旅行もした。特に中国の人達とは公的にも私的にもかなり個人的関係を結んできたが、それらの人達から反日感情の片鱗すら感じとったことはない。ただ一度だけの経験だが、初めての中国へ訪問時に南京の中山陵を案内してくれた南京大学院生が、“これは旧日本軍の射撃訓練で欠けたのもの。だから記念として、敢えて…”と、足の一部が欠けた石獅子を指指して言った言葉に、反日意識の存在を感じたことを思い出す。

文化の交流こそが大事だと、よく言われる。だが、それは、常に一方通行ではなく。相互的なものである。日本・中国・韓国の間でも同じこと。 例えば、漢字が中国・韓国から日本へ伝わったことや、儒教・仏教など多面的に文化が両国から日本へ伝わり、日本文化の成立に大いなる影響をもたらしたことは事実である。

だが、漢字一つを考えても、これはある書物からの受け売りだが、近代以降、逆に日本が作った新造語が、日本から中国に相当数逆輸入されたことも事実のようだ。 
  
「化」という字をつけて、形や性格、変更を表す言葉・言い方も日本語からだ。また、形式的、科学的という「的」も日本からの逆輸入。 また、かって清末に膨大な新名詞(新造語)が日本から流入したので、「新名詞」を使用しないようにと命令しようとしたところ、「名詞」そのものが立派な新名詞だという笑い話があるほどだと聞く。 また、孫文の革命運動も初めは「造反」と称していたのが、日本からの「革命」の単語の方が新鮮で良いと言って、以降「革命」と名付けた、とのことだ。
   
何も私は、だから日本文化が上であるとか、優れているとか、論じているのではない。 このようにお互いの文化が相互に影響しあい、世の中が変っていくのが文化の交流であり、グローバル化なのだということ、そして、韓国がよく日本批判・排斥の決まり文句のように言う「文化侵略」といったものでもない、と言いたいだけである。

お互いの文化の違いを認識し、相手の文化への理解の上に立って、初めて「友好」が成り立つ。 本来の日・中・韓の文化・習慣の違いや戦後日本の変化を無視し、この無視の上に立ってまた大きな誤解、歪曲を量産して、悪循環を繰り返すようでは、到底真の友好など夢のまた夢となってしまう。
 
今後、中国の民主化が進み、西洋式の民主主義・市民文化を理解・経験しない限り、真の友好は難しいのではないか。 また、韓国についても、その極端な自民族優位主義(エスノセントリズム)意識を払拭しなければ難しいのではないだろうか。 本当に残念なことである。(了)
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