2012年06月03日

◆角栄の坐り方で特ダネ

渡部 亮次郎


これは何処にも誰にも話したことの無い、NHK政治記者時代の話。自慢しているわけじゃない。珍しい話もあるもんだという程度に読んでください。

佐藤栄作政権(1964・11-72・6)時代の話。私はこの間、主として自民党担当記者だった。その頃も今もおなじだろが、政治記者の特ダネの最たるものは「年号」。昭和とか平成とかをスクープするのである。

昭和の場合はスクープされた当時の政府があえて別の年号に変更するという騒ぎのあったことが伝説に残っている。平成は各社発表待ちに転じ、スクープはなかった。

その次の特ダネは衆議院の解散日を当てることである。滅多に無いが「衆院、今日解散」という特ダネがありうるのである。

あれは佐藤栄作首相による衆議院の解散だったから、たしか昭和40年代のいつかだったが、解散は決ったが投票日が未決定だったことがある。当時の選挙責任者たる自民党の幹事長は田中角栄。後に佐藤派を簒奪して政権を奪ったことから推察されるように、既に佐藤派のNo2にのし上がっていた。

佐藤栄作と言う人は昔気質の縁起担ぎ。大事な事はすべて「大安」にやるという人だった。だからこのときの総選挙投票日も「大安」の日だろうと一般は予測した。ところが田中幹事長は大安でない別の日取りを言い出したのだ。

佐藤も愈々角栄任せにしたのかと我々は思った。しかし、佐藤と田中の関係は本当にそうなっているのか。当時国対委員長だった園田直に確かめたところ、どうもおかしいのだ。

幹事長は園田従えて佐藤首相に会いにいった。ところが、田中は向かいの椅子に極めて浅くしか腰掛けなかった。緊張していたというのだ。佐藤が田中に全権を委任しているような雰囲気では決してなかったというのだ。田中は投票の日取りについて佐藤総理の了承は取らなかったことが判明。「田中の言っているのは佐藤のハラではない」。

政治部に上がってこのことを部長に報告したが、多勢に無勢、無視された。田中番記者の手で幹事長のいう日取りの原稿が放送された。

ところが投票日が決ってみれば、幹事長の言っていた日ではなく、矢張り佐藤の好きな大安の日だった。

部長に言われて投票日に関する「訂正ニュース」を書かされた。それにたいして報道局長賞(特ダネ賞)が出た。NHKには結局19年在職したが、特ダネ賞はこれ1回きりだった。「訂正ニュース」で特賞というのも珍しい話でしょう。
                     (2012・6・2)

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