2012年06月08日

◆鰹なら生で食べられた

渡部 亮次郎


恥ずかしながら刺身を老人になるまで食べられなかったが、鰹(かつお)だけは食べられた。秋田県に有った旧八郎潟沿岸で生まれ育ったため、(淡水魚)の生食は堅く禁じられて育ったのである。それでも、鰹だけは生臭く感じられなかったので大人になってから食べられたのだ、と思う。

老人になった今は初鰹より戻り鰹が好きだ。老人のくせして脂ののったのが好きなのである。

鰹は全世界の熱帯・温帯海域に広く分布する。日本では太平洋側に多く、私の生まれ育った日本海側には殆どいない。だから冷蔵庫なんて物の無かった幼少の頃はお目にもかかってない。

摂氏19 - 23度程度の暖かい海を好み、南洋では一年中見られるが、日本近海では黒潮に沿って春に北上・秋に南下という季節的な回遊を行う。食性は肉食性で、魚、甲殻類、頭足類など小動物を幅広く捕食する。

大型のものは全長1 m・体重18 kgに達するが、漁獲が多いのは全長50 cm程である。体は紡錘形で尾鰭以外の各鰭は小さい。鱗は目の後方から胸鰭・側線周辺だけにある。背側は濃い藍色で、腹側は無地の銀白色だが、興奮すると腹側に4―10条の横縞が浮き出る。また、死ぬとこの横縞が消え、縦縞が現れる。

また、流木やヒゲクジラ(主にニタリクジラ、カツオクジラ)、ジンベエザメの周辺に群がる習性もある。これはカジキから身を護るためといわれているが、反面カツオが集めた鰯を鯨が食べたりもするため、水産庁の加藤秀弘に共生ではないかと指摘されている。

これらの群れは「鯨付き」、「鮫付き」と呼ばれ、「鳥付き」とともに、漁業の際のカツオを見つける目安にもなっている。

カツオは日本の水産業の中では重要な位置を占める魚種の一つである。

日本の太平洋沿岸に生息するカツオは、夏に黒潮と親潮とがぶつかる三陸海岸沖辺りまで北上し、秋に親潮の勢力が強くなると南下する。夏の到来を告げるその年初めてのカツオの水揚げを「初鰹(はつがつお)」と呼び、珍重される。

とはいえ、3月初旬のころのものは、型が揃わず、脂ものっていないため安価である。脂がのりだすと高値になっていく。 初鰹は港によって時期がずれるが、食品業界では漁獲高の大きい高知県の初鰹の時期をもって毎年の「初鰹」としており、消費者にも浸透している。

南下するカツオは「もどり鰹」と呼ばれ、低い海水温の影響で脂がのっており、北上時とは異なる食味となる。もどり鰹の時期も港によってずれがあるが、一般的には秋の味として受け入れられている。

北上から南下に転じる宮城県・金華山沖では、「初鰹」といっても脂がのっているため、西日本ほどの季節による食味の違いがない。また、南下は海水温に依存しており、陸上の気温との違いがあるため、秋になった頃には既にカツオはいない。

日本では古くから食用にされており、大和朝廷は鰹の干物(堅魚)など加工品の献納を課していた記録がある。カツオの語源は身が堅いという意で堅魚(かたうお)に由来するとされている。

「鰹」の字も身が堅い魚の意であるが、中国ではこの字はウナギを指す。

鰹節(干鰹)は神饌の一つであり、また、社殿の屋根にある鰹木の名称は、鰹節に似ていることによると一般に云われている。戦国時代には武士の縁起かつぎとして、鰹節を「勝男武士」と漢字をあてることがあった。

織田信長などは産地より遠く離れた清洲城や岐阜城に生の鰹を取り寄せて家臣に振る舞ったという記録がある。

鎌倉時代に執筆された『徒然草』において、吉田兼好は鎌倉に住む老人が「わたしたちの若かった時代では身分の高い人の前に出るものではなく、頭は下層階級の者も食べずに捨てるような物だった」と語った事を紹介している。

鹿児島県枕崎市や沖縄県本部町などでは、端午の節句になるとこいのぼりならぬ「カツオのぼり」が上る。

江戸時代には人々は初鰹を特に珍重し、「目には青葉 山時鳥(ほととぎす)初松魚(かつお)」という山口素堂の俳句は有名である。この時期は現代では5月から6月にあたる。

殊に江戸においては「粋」の観念によって初鰹志向が過熱し、非常に高値となった時期があった。「女房子供を質に入れてでも食え」と言われたぐらいである。

1812年に歌舞伎役者・中村歌右衛門が一本三両で購入した記録がある。庶民には初鰹は高嶺の花だったようで、「目には青葉…」の返歌となる川柳に「目と耳はただだが口は銭がいり」といったものがある。

このように初鰹を題材とした俳句や川柳が数多く作られている。但し、水揚げが多くなる夏と秋が旬(つまり安価かつ美味)であり、産地ではその時期のものが好まれていた。

9月から10月にかけての戻りカツオは脂が多い。質の良い物はマグロのトロにも負けない脂のうまさがある。

結晶インスリンの生成方法が発見されるまでの間は、カツオのランゲルハンス島から、糖尿病の治療に用いるインスリンが精製されていた時期もある。

しかし、魚類のインスリンのヒトに対する効果は若干低く、魚からランゲルハンス島を集める作業に手間がかかることもあり、他の方法へと置き換えられた。
(「ウィキペディア」)                  2012・6・6


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