2012年10月31日

◆「いじめ」とその報道

渡邊 好造


「いじめ」について話題が沸騰している。50〜60年前も「いじめ」はあったのだろうか。幸いにしてそんな目にあったことはないし、当時は問題になったこともない。まして自殺者がいるとは思いもしなかった。

記憶にあるのは、教師による生徒「いじめ」というべきか、小学生の時に学芸大学(今の教育大学)卒業したての新米教師に5人並べて拳で殴られたこと、中学生の時に坊主頭のもみあげの毛を摘まみ上げられたことを覚えている。

殴られたのは痛かったし、もみあげの毛を摘まれると痛い上に泣くつもりはないのに自然と涙が出てくる。何故こんなことをされたのかまったく覚えていないが、その時殴った教師は「まだ先生の教えが解らんのか!」、もみあげの毛を摘まみ上げた教師は「痛いやろ泣け泣け!」と叫んでいたのが今も耳に残っている。体罰禁止の現在では考えられないが、当時は教師に逆らうと損だということを肝に銘じた。

今では、小学校教員室で教師が人差し指でデコを小突いたところ、その小学生はポケットに隠し持った携帯電話から教育委員会に直ちに「体罰を受けています」と訴えたそうな。
「いじめ」の根幹はこうした体罰禁止で生徒にとって怖いものなしになったこともひとつの要因ではないか。

教師は、生徒の母親など父兄には頭が上がらない。自分たちよりはるかに高学歴で、知識もあり弁もたつ者が多いせいらしい。これでは生徒は教師を怖いとも思わないし、指導に従うはずがない。

「いじめ」による自殺にはもう一つ原因があるように思う。それは”少子化”である。昔は兄弟姉妹5人、6人というのは当たり前で、その中で食事、遊び、衣類などで競い合い、時には喧嘩もして成長していった。もちろん腕力も強くなり、精神的にも少々のことではくじけることはなかった。それが現在ではどの家庭も1〜2人の子供が競い合うこともなく独立した部屋を与えられ、家族が顔を合わせるのは食事の時だけ。

ところが学校ではちょっとしたことで弱みを見せると徹底して攻められる。少子化のため反抗の術を会得していない子は落ち込んでしまい、「いじめ」から自殺にまで追い込まれているのではないか。
「いじめ」は昨年1年間で7万件とか。隠れ「いじめ」はもっと多いだろう。「いじめ」とは何なのかもいまひとつよく分らない。

さらに年少者の犯罪報道のあり方である。
例えば滋賀県大津市の「いじめ」について、新聞では”大津市立中学生”とあるが、週刊誌では”大津市立「皇子山」中学生”とはっきり書かれている 。なぜこうも違いが出るのか。

インターネットでは中学名どころか、自殺した生徒名はもちろんのこと加害者3名の氏名、住所、電話番号、両親の氏名・勤務先、それぞれ顔写真まで掲載されている。堪らず加害者の家族は京都市内に移転し、転校したら、その住所・電話番号、学校名がまた出ている。とことん追い掛け回す変な奴がいるものだ。

何が真実か分らない要領を得ない説明しかしない学校、教育委員会、それにPTAの会長でもある加害者の母親が、保護者会で「うちの子を加害者扱いして自殺でもしたらどうしてくれるのですか」と叫んでいたのがテレビ放映されていた。いったいどうなっているのか。教育関係者は「いじめ」をなんとかなかったことにしたい、加害者側には「いじめ」の意識がない。

報道のあり方に問題はないだろうか。綿密な検証もせず、被害者は”善”、加害者は”悪”といった一方的な言い分だけを聞かされているような気がする。(完)

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