2012年11月30日

◆第3極は小沢と石原の“乗っ取り”状態

杉浦 正章

 

既成政党批判だけで中央政界に食い込もうとする大阪と滋賀のポピュリズム政党は、論争に深入りすればするほど馬脚が現れるという現象を呈するに到っている。日本未来の党は代表・嘉田由紀子の必死の「小沢色」打ち消し発言にもかかわらず、政策も人事構成も「小沢一郎支配」そのものの様相を呈している。


一方日本維新の会は「石原慎太郎支配」の色彩が濃厚となり、選挙公約で自主憲法制定を表明、争点の「脱原発」では「フェードアウト」などとまるで「自然消滅」のような苦肉の表現にとどまった。今後この内部の相克に起因する弱点が一層露呈されてゆくことが予想され、選挙結果にも大きな影響をもたらすだろう。
 

記者団に「小沢新党」を指摘された嘉田は発足早々から防戦一方だ。「そうならないように、女性や若者などの声を反映できるような仕組みを党の中に埋め込んでいきたい」と語るが、女性や若者の声がどうして小沢色払拭なのか意味不明。


29日に発表した衆院選挙向けの政策綱領ではなんと悪名高き「子ども手当」の復活だ。それも月額2万6千円は、09年衆院選マニフェストと同額だ。明らかに小沢が実態は自分が陰のリーダーであることを暗に誇示する意図で挿入したものだ。自民党からばらまき批判を受けて失速した手当を臆面もなく出す小沢も小沢だが、嘉田の政策無知も相当なものがある。
 

肝心の原発政策にしてもドイツのまねをして10年でゼロを目指すとしているが、昨日指摘した通りドイツは頓挫している。野田が「ドイツは2000年から脱原発を進めており、原発も十数基しかない。さらに地続きであり、仮に失敗したり、見通しを誤っても、隣のフランスが助けてくれる。


日本は島国であり、失敗は許されず、着実に進めていかなければならない」と指摘している通りだ。田舎では通用するあいまいな政策も、中央の厳しい視点から洗礼を受ければ破たんは最初から明白だ。


「小沢支配」は人事を見ても明白だ。要所を全部小沢側近で固められてしまった。まず副代表に側近の参院議員・森ゆうこを押し込まれた。金庫を握る財務担当には参院議員・佐藤公治、選挙担当に前衆院議員・川島智太郎だ。要するに未来の首根っこは小沢が完全に押さえた選挙戦となるのだ。


嘉田は「オブラート婆さん」として御輿に担がれるだけの構造だ。元首相・菅直人の「党の実権を小沢さんが握る構造は必ず破綻する」という予言を待つまでもなく、嘉田はやがて小沢に「使い捨て」にされたと悟るときが来るだろう。
 

一方で、維新も石原ペースが著しい。ただ石原の「硬直した中央官僚の支配を壊す」は何か言っているようで、実は何も言っていない。単なるスローガンに過ぎない。


民主党の3年前の主張と同じだが、結局何も出来ず、国にとってはマイナスにだけ作用した。さすがに政権公約には石原の持論の「憲法破棄」は盛り込まれなかったが「自主憲法制定」と文言を変えて挿入された。


肝心の原発では内部で相当なやりとりがあったと見えて、記者会見で「原発ゼロを目標とするのか」と当たり前のことを聞かれただけで石原は、異常なるたかぶりを見せ、ぶち切れた。聞いた記者に「そんなことさんざん言ってきたじゃないか。人の話を何聞いているんだ」と開き直った。


しかし記者は疑問があるから聞くのだ。聞かれて怒るなら記者会見に出てくるなと言いたい。メディアを利用しようとしているのはそっちではないか。はからずも人間の小ささを露呈させた一幕だった。
 

結局原発は「既設の原子炉による原子力発電は2030年代までにフェードアウトする」などという訳の分からない表現に終わった。フェードアウトとは映画や演劇で、場面が次第に暗くなり消えていくこと。溶暗だ。また、音楽などの音が次第に小さくなっていくことを意味する。そこには自ら積極的にゼロにするという意思表示はない。まるで他人任せである。


石原は小説家のくせいに日本語の語彙がなくなると、英語でごまかす癖があるから、石原の発意による表現だろう。背景には原発推進の石原と、「30年代ゼロ」と言いたくてしょうがない橋下徹との葛藤があるが、原発問題は維新の抱えるアキレス腱だ。


こうして、維新は石原色が前面にでてきており、これがインテリ層や女性票の第3極離反を招くことは間違いない。まるで維新には野蛮人が、未来には旧態依然の寝技師が乱入したようなものだからだ。
 

こうして第3極は急ごしらえの政策を軸に、小沢と石原に乗っ取られる構図がいよいよ鮮明になった。


民主党はどっちにしても食われるが、その反面で自民党の“責任政党色”は一段と際立ちつつある。幹事長・石破茂が勇敢にも脱原発のポピュリズムに真っ向から対決し始めたのだ。石破はなんと「原発問題はスローガンだけで国を誤ることはしたくない。


原発は安全と安心が確保されれば必要なものは再稼働する。受けは悪いがそれを語る勇気を持たないでどうするんだ」と発言したのだ。もう吹っ切れている。堂々と国家にとっての死活問題で正論を述べる。この姿勢こそが大衆迎合政党か責任政党かを分けるキーポイントだ。

      <今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)
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