2006年12月29日

◆変なニホンジン



 
           渡部亮次郎

刺身を60歳まで食べられなかった。汽水の八郎潟(秋田県)沿岸で生ま
れ育ったから「魚は生で食うと腹痛を起こす」といわれていた。

もちろん、日本海の魚は入手出来たろうが、貧しい農家だったから、現
金がない。やむを得ず、八郎潟から只で捕れる鮒、鯰、鯉、白魚、川海
老などを、すべて煮るか焼いて食べた。当然、鮨も食べたことが無かっ
た。

現金があったとしても、戦前の農村には保冷車も冷蔵庫もないから、海
の魚を生で運べる距離は極めて短かった。群馬や長野の山中で育った明
治人は海魚とは塩鮭のことだと思っていたと聞かされたことがあるくら
い。

一般的な日本人は大昔から刺身や鮨を食べて、「食」を楽しんでいた。
しかも世界一の長寿者が日本人と分った時、その理由は生魚にあると決
めたアメリカ人は争って刺身や鮨を食べ始めた。

とはいえ、ロンドンで鮨屋が大流行したのは最近のことらしい。1980年ご
ろは大屋政子さん経営の1軒しかなかった。アナゴ煮が固くて食べられな
かったことを思い出す。

ところで日本の湖沼畔の住人が、おしなべて淡水魚の生食をしないよう
にして来たについては、遠い祖先から受け継いだ貴重な体験があるのだ。
趣味、嗜好の話では実はない。

肝吸虫症(肝臓ジストマ症) カンキュウチュウ(肝吸虫)
カンキュウチュウ Clonorchis sinensisの存在である。

肝臓ジストマともいう。成虫の虫体は柳葉状で、体長10〜25mm、体幅3〜
5mm。第1中間宿主はマメタニシ、第2中間宿主はコイ、フナ、モツゴなど
の淡水魚で、これらに寄生した幼虫のメタセルカリアを経口摂取するこ
とによって感染する。

成虫の寄生により、胆管上皮の影離(はくり)、増殖など胆管に炎症を起
こし、胆管の拡張、腺腫様増殖をきたし、周囲の結合組織増生から肝硬
変へと進むことがある。軽症では食欲不振、倦怠感、下痢などが現れる。

重症では重大な肝機能障害がおきる。現在もアジア地域に分布し、中国、
韓国、台湾、タイ、ベトナムカンボジア、ラオスに多い。フナ、コイ等
の淡水魚が感染源になるので刺身で食べないこと。潜伏期数ヶ月から数
年。

18歳で秋田を離れるまで、専ら淡水魚を焼いたり、煮たりでしか食べな
かった少年が総じて魚のすべてを生では食べられなくなったのは分かっ
てもらえるだろう。

40歳を過ぎてからアメリカへよく通うようになり、丁度その頃のアメリ
カでは鮨ブームなのに、私が鮨好きでないのを知ると「ヘンナニホンジ
ン」とからかわれた。

それでも欧州や中東など良く理解されないところでは「日本では魚など
を生のままで食べている」という理解になっている場合がある。かなり
気持ち悪い、という感覚であった。

他方、生で食べる事は、既に述べたように寄生虫に感染する危険がある。
もちろん、伝統的に食されているものにはそのような危険がない事を確
かめているから食べている。

刺身に慣れた日本人が他国で刺身を求める場合もある。地元の料理人が、
伝統にない材料を刺身として提供した場合には、そのような危険が生じ
る。顎口虫(がっこうちゅう)などはその例である。特にほとんどの中
国人が生魚を食べないようにしているのはそのためだ。

実は私の刺身嫌いは嗜好の問題と思っていたが、1972年9月に田中訪中に
同行した際、人民大会堂で開かれた周恩来総理の歓迎宴会に招待され
「このしろ」という魚のボイルしたものを食べた。

大型の鰊のような骨組みで、味は海の鮭に似ていた。揚子江(長江)に
生息しているが、肝臓ジストマを持っているから、絶対ナマで食べては
いけないものだと教えられた。(現在、水質汚濁により絶滅の危機にある
と伝えられている)。


そこで帰国後、調べたら、淡水魚にはジストマの寄生していることがあ
るが、海水にはいないことを改めて知ったわけ。八郎潟沿岸で育った私
が生魚を食べられなくなった理由がそれではっきりした。

それでも、できれば刺身は遠慮していたが、60歳ごろ、福井県の元漁師の
息子さん藤田正行氏に都内で会い、近くの和食レストランに入ったとこ
ろ、其処には刺身しかなかった。

仕方無しに口に放り込んだら、極めて美味だった。それが大トロという
ものだと知った。以後、刺身を食べるなら、中央区入舟の其処と決めて
いる次第。

新鮮な肉を切り取って生のまま食べることは人類の歴史とともに始まっ
たと言ってよいが、人類の住むそれぞれの環境に応じて、生食の習慣は
或いは残り、或いは廃れていった。海辺で生まれなかった私は生食の習
慣にたどり着けなかったわけである。

日本は四方を海に囲まれ、新鮮な魚介類をいつでも手に入れられるとい
う恵まれた環境にあったため、生食の習慣が残った。即ち「なます」で
ある。

なますの語源は不明であるが、「なましし(生肉)」「なますき
(生切)」が転じたという説がある。一般には「生酢」と解されている
が、古くは調味料は必ずしも酢とは限らなかった。この伝統的ななます
が発展したものが刺身である。

20世紀には、刺身は各国の料理にも取り入れられることとなった。

日本が一時統治した台湾では、地元の海産物を使った刺身を食べる習慣
が台湾人にも徐々に広まった。台湾の俗語では「沙西米」(サシミ)と
呼ばれており、日本食としての扱いであるが、夜店の屋台でも食べさせ
る処は多い。クロマグロやカジキマグロが好まれている。

韓国では刺身のことを「フェ(膾)」という。もとは文字通り「なます」
の意であったが、日本統治時代以前に日本風の刺身がプサン(釜山)に
伝わり、日本統治時代以降は全土に広まって、日本風の刺身をも「フェ」
というようになった。

今では一般的な料理として通用しているが、コチュジャンやニンニクを
添えたりするなどの独自の変化を遂げている。このため韓国内では、刺
身の発祥は韓国であると誤解している者が多い(韓国起源説)。

韓国には他に、生のワタリガニを唐辛子や塩辛などを使って漬けたもの
もある。

中国遼寧省の大連周辺でも、日本の統治時代の影響で、ヒラメなどの海
水魚の刺身や生ウニを食べる習慣が一部の中国人にも残された。

1980年代になると、日本料理は欧米などでも流行し、各国の料理にも影
響を与えるようになった。イタリア料理と結びついた例では、イタリア
では牛肉を用いて作るカルパッチョをマグロなどの魚で作り、供される
事が多くなっている。ヨーロッパでは冷凍の刺身も簡単に購入できるよ
うになっている。

中国の中華料理店でも順徳魚生の様にたれや薬味と和(あ)えて食べる
料理だけでなく、イセエビやサーモンなどを切り分けて、練りわさびを
たっぷり入れた醤油につけて食べる事が一般的になっている。


(参照:世界大百科事典(C)株式会社日立システムアンドサービスほか及
びウィキペディア)2006.12.28



この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック