2012年12月05日

◆「一病」がもたらす息災

石岡 荘十


本メルマガで毛馬一三氏、渡部亮次郎氏が加齢疾病といえる病を切り抜けた自らの治療体験を、実感をもって生々しく語っておられた。

両氏とも筆者の古くからの友人であるが、治療前は、失礼だが、医療分野についてはそれほど深い関心も造詣も持ってはおられなかった印象であった。

ところが、このたびの2つのリポートは体験したものしか分からない現実感を持って迫ってくる。その上、がん治療とは何か、脳梗塞とはどのような病気で原因は? 治療法は? と微に入り、細を穿った学習結果を披露している。

かくいう筆者も、心臓手術を経験している。全身に血液を送り出す最後の扉ともいえる心臓の大動脈弁が機能しなくなった。そこで、弁を切除、機械で出来た人工弁(100万円)に置き換える大手術だった。大動脈弁置換手術という。

‘99年、もう13年近く前のことになる。当時64歳だった。「心臓手術が必要」と医師に告げられたそのときの衝撃・恐怖、絶望感は今でも忘れることは出来ない。

が、手術後、カルテ(手術記録)を取り寄せ、心臓外科医の話を聞き、専門書を漁ってよくよく検証してみると、現代の医学をもってすれば、それほど、怯える類の手術でないことが明らかになった。この間の経緯については、術後5年目に薦められて、上梓した。(「心臓手術 〜私の生還記〜」 文藝春秋社刊)。

手前味噌になるが、神の手を持つといわれる何人かの心臓血管外科医からは、「プロの医者から言うと生還記は大げさだけど、医者が一番知りたいと思うこと、患者の怖れ・不安・気持ちをよく書き込んでいる」と評価され、この道を目指す研修医の参考書のひとつに推薦して戴いた。

手術する者とされる者との間には、天と地ほどのギャップがある。その原因は病気に対する正しい知識の有無にかかっていることを、学習することが出来た。

日本では年間100万人以上が死ぬ。大雑把に言ってその死因の3割は癌、心臓と脳の疾患が3割だ。それで、この3大疾病は、「死に至る病」と思われている。これらの病を告知された患者が異口同音に発する台詞がある。

「何でまたオレが---、このわたしが---」である。死を宣告されたような衝撃を受けるのだ。この中には一部の癌のように、正しく診断して最高の医者が手術をしようと、放射線を照射しようと、現代の医学が総力を挙げても手に負えない疾病もあるが、一口に癌といっても、転移していない段階で適切な治療が行われれば、天寿を全うすることも夢ではない。

癌といわれるものの中でも転移していないものは、癌ではないという説さえある。これを「がんもどきという」(慶応大学病院 放射線治療・核医学科 近藤誠医師)そうだ。

そのほかのほとんどの病は、原因、治療法、治療に伴うリスクなどについてきちんと学習をすれば、恐れるに足らないものであることが分かる。ただし、正しく診断され、最適のタイミングで最高の治療を受ければ、のことであるが---。

名古屋ハートセンター副院長(元京都大学病院教授心臓血管部長)米田正始医師は、手術実績8000例以上、神の手を持つといわれる名医だが、「ともかく心臓が動いているうちに連れてきなさい。全力を挙げて何とかします」と豪語している。

早期発見、早期治療、つまり適切なタイミングで真のプロの医師に診断と治療を受けること。まかり間違っても、家から近いからとか、大きな病院だからとかで、病院を選んではならない。

病院が手術をするわけではない。患者に触れるのは医者だからである。名医を見つけることが出来るかどうかが生死を分ける。これが、とくに団塊世代以上の高齢者が快適な余生を楽しむための鉄則である。

偉そうなことをいうが、それもこれも病を得た後の学習がもたらした結論だ。乞、寛恕。毛馬氏、渡部氏の両リポートは高齢者にとって貴重な情報といえると思う。一病息災という。「一病」がもたらした果実である。          (再掲)(ジャーナリスト)


                   

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