2013年01月10日

◆悪歌が良歌を駆逐する日本

石岡 荘十


表題は「悪貨が良貨を駆逐する」というグレシャムの法則をもじったものだ。いうまでもなく経済学の法則のひとつで、実質価値の低いものが流通すると、価値の高い貨幣が流通ルートから駆逐されるという法則だ。転じて、悪人がはびこるような治安の悪い状態や、軽佻浮薄な文化が流行するような場合を指すときにもよく引き合いに出される。

毎年、年末年始ちびちびやりながら音楽番組をテレビで見ていると、この風潮を実感する。

音楽としては実質的価値のない薄っぺらな最たるものは、最近ではAKB48だ。恒例の民放(TBS)のレコード大賞でこのジャリタレグループが2年連続大賞に選ばれた。

1人ひとりの貧弱な歌唱力を大勢の派手なパフォーマンスと、ドタバタで誤魔化し、ちゃんとした音楽を聴いたことのないミーハーや小遣いをむしりとったことで業界に貢献した。音楽性を評価されたわけではない。

小遣いだけならいいのだが、大事な感性をはぐくむべき若い年頃の人たちの脳に、“悪歌“を刷り込んだことに対するご褒美だった。

こんな傾向はいまに始まったことではなく、思いつくまで挙げると、1962年発足したジャニーズ、その後のジャニーズjrあたりがはしりだろう。素人の女の子をオーディションで選んで出来たおにゃん子クラブ(1982〜1987)、etc,etc---。

こんなグループだけでなく、音楽的にレベルの低いCDが何百万枚も売れる国は希だ。先日の紅白でもジャリタレ嵐が司会を、おおとりをSMAPが勤めた。

勿論、どんな音楽を好きになるかは個人の勝手だが、NHKの紅白も含め、“悪歌”が若者の感性にギコギコやすりをかけ、いまやその時代に育った世代がプロデュースするテレビ番組がまた、音楽を知らない若者を再生産している。

結果、日本の音楽番組はガラパゴス状態にあるといっていいだろう。日本のポップスは世界には通用しない絶海の孤島、日本列島の固有種、ローカル音楽だ。

ソロ歌手はどうか。

唯一、記憶に残っているものでいうと‘SUKIYAKI’(「上を向いて歩こう」坂本九 1961年)くらいだ。世界で売れた音楽のランキング、米ビルボード(BILL BOARD 100)で3週連続のNo.1を果たした(1963年)。

もうひとつあえて挙げれば、昨年由紀さおりの古い曲『夜明けのスキャット』が偶然、アメリカのミュージシャンに発掘され、世界的な話題となったくらいだろう。

サザン・オールスターズ(桑田圭祐)の「いとしのエリー」(1979年)。盲目の黒人歌手レイ・チャールズが惚れ込み、英語でカバーした‘ELLIE MY LOVE‘がレイの持ち歌として世界進出を果たしたこともあるが---。

あの松田聖子が、米ポップス界の凄腕音楽プロデューサー、デイヴィッド・フォスターの門を叩いたが、門前払いを喰らったといわれる。デイヴィッド・フォスターはマイケル・ジャクソン、バーバラ・ストライサンドらを世に送り出しただけでなく、フランス語しかしゃべれなかったセリーヌ・ディオンに英語の手ほどきをし、映画「タイタニック」
(1997年)の主題歌‘My Heart Will Go On’を謳わせた。屈指の音楽プロデューサーだ。

松田だけでなく、世界進出を企んだ日本人歌手は数知れないが、フォスターのお眼鏡にかなった歌手は皆無だ。日本人で世界レベルの活躍を勝ち取ったのは、宇多田ひかる(1983.1〜)くらいだ。

彼女の母親は往年の日本人演歌歌手、藤圭子だが、ひかるは米国生まれ米国育ちで、その感性はmade in USAだから、日本人シンガーのジャンルには入らない。

メイドインジャパンのシンガー、楽曲は世界的なレベルでいうと惨憺たるものだ。日本では若いときから“悪歌”にその感性を汚染されて育った、いい音楽を聞き分ける耳が退化しているからだ。フォスターが手がけた、世界レベルのシンガーを見ればそれが分かる。

フィリピンのシンガー、シャリース・ペンペンコ(Charice Pemgpenco)は、母親が鼻歌で歌っていたセリーヌ・ディオンを小さいときから聞い
て育った。
http://www.youtube.com/watch?v=35z5VOmI7Gs

http://www.youtube.com/watch?v=Bfa8YrdsfpI

彼女は昨年、日本進出を果たした。

天使といわれる、天才少女オペラ歌手、ジャッキー・エヴァンコ(Jackie Evancho)は音楽教育を一度もうけたことはないが、両親が無類のオペラ好きで、物心が着く前から、オペラの楽曲にどっぷりつかって育ったという。
http://www.youtube.com/watch?v=MY-yYHfVEiM

AKB48で汚染されたミーハーの中から、第二のシャリースや、エヴァンコが産まれることはあり得ないだろう。「悪貨が良貨を駆逐する」というグリシャムの法則がそのことを予言している。

若者の良歌に感動する感性をつぶし続ける「良歌駆逐運動」の共犯者はテレビだ。「1億総白痴」を予言した大宅壮一も、この考えに賛同するに違いない。「それみたことか」と。     
                                20130107

(いしおか そうじゅう)1935年京都市生まれ。NHK社会部 OB。


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