2013年01月11日

◆体罰という暴行傷害致死事件

寺本 孝一


大阪府立桜宮高2年のバスケットボール部主将の男子生徒が、顧問の男性教諭(47才)から体罰をうけた後に自殺したという痛ましい事件がありました。自殺した生徒が顧問宛てに残した手紙には、「指導が厳しくてつらい」と書いてあったとのこと。

また、校長、教育長の記者会見の様子はまるで他人事のようであり、自分達の大切な預かった教え子という意識や責任感がまるで見られません。

過去、全国で体罰問題が繰り返される度に学校側は、「厳しい指導」「熱心さの現われ」「愛のムチ」などと言い訳します。小生も愛知県教育委員会に直接言ったことがあります。「殴る・蹴る体罰や暴言などで教育効果が上がるなら、暴力団ヤクザ組員を教員にした方がよほど能率的ということになりませんか」と。

「厳しい熱心な指導」とは、一人一人に言葉で根気よく納得させるのがプロ教師の力量なのです。児童生徒は言葉が分かる人間なのであり、牛や馬への調教ではありません。児童生徒とまともに会話もできない、衝動的に暴力に走ってしまうような危険な人物を教壇に立たせることはできません。

「教師は生徒の身体に触れてはならない」というフランスの法律から見れば、生徒を殴ることを熱血教師とし、殴ってくれた教師を慕うなどというような事は、サドマゾの世界に浸っている日本の変態と言わなければならない。

「子どもが他人に暴力をふるったり、物を破壊することに快感をつのらせるというようなことは、倒錯的なしつけをされたり、人格を尊重されずに育った子どもたちである。大人の強制的な態度こそが子どもをサディズムに導くのだ。」(作家フランソワーズ・ドルト氏)という言葉もあります。

昨今、社会問題化している「児童虐待」する若い親たちをそうなるべく教育した大部分の責任は、とりもなおさず学校にあるのである。児童虐待防止シンポジウムで小生がそのように発言したら、パネリストの弁護士は「児童虐待と学校での体罰の関連に心当たりがある」と言いました。

桜宮高のバスケットボール部はインターハイの常連だとのことですが、殴って殴られて勝ち進んだスポーツにどんな価値があるのでしょうか。
スポーツの語源はたかが「気分転換」です。

顧問の名声の為、学校の名誉の為、人間の尊厳を踏み潰してまで、命を奪ってまでやるほどのことですか。

(資料)「生徒に対する体罰禁止に関する教師の心得」1949年・法務府(現在の法務省)

1、用便に行かせなかったり食事時間が過ぎても教室に留め置くことは肉体的苦痛を伴うから体罰となり、学校教育法に違反する。

2、遅刻した生徒を教室に入れず、授業を受けさせないことは例え短時間でも義務教育では許されない。

3、授業時間中怠けた、騒いだからといって生徒を教室外に出すことは許されない。教室内に立たせることは体罰にならない限り懲戒権内として認めてよい。

4、人の物を盗んだり、こわしたりした場合など、こらしめる意味で、体罰にならない程度に、放課後残しても差支えない。

5、盗みの場合などその生徒や証人を放課後訊問することはよいが自白や供述を強制してはならない。

6、遅刻や怠けたことによって掃除当番などの回数を多くするのは差支えないが、不当な差別待遇や酷使はいけない。

7、遅刻防止のための合同登校は構わないが軍事教練的色彩を帯びないように注意すること。 明治の富国強兵時代も、昭和の戦時中も、現在まで学校での体罰は法律で厳として禁止されています。何故なら、体罰による弊害が極めて大きいことが明確に判っているからです。       (子どもの感性を育む会 代表)

<「頂門の一針」から転載>
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